2025年4月9日

麻疹の脅威を再認識する

 麻疹の感染者が3月以来、急増しています。202542日時点で、全国で58人(神奈川県で7人)が報告され、昨年1年間の45人を早くも超えました。年齢別では2030代に多く、01歳児も7人います。麻疹ワクチンをまだ接種していない01歳児には免疫がなく、感染すると重症化しやすいため、経過が気がかりです。58人の過半は海外で感染したとみられていますが(ベトナムが最多)、渡航歴がなく接触歴がはっきりしないケースもあり、今後の流行拡大が懸念されます。

 麻疹は危険な病気です。第一に、感染力が強大です。免疫のない集団に1人の感染者が紛れ込むと1218人が感染します(ちなみにインフルエンザは13人です)。呼吸器感染症のほとんどは飛沫感染で伝播しますが(飛沫の届かない2メートル離れていれば安全)、麻疹は飛沫感染だけでなく気流に乗った空気感染でも伝播します。飛沫を浴びなくても、同じ部屋にいるだけで感染します。第二に、有効な治療法がありません。麻疹の特効薬はなく、症状を少し軽くする対症療法にとどまります。第三に、感染者の30%に種々の合併症をきたし、肺炎や脳炎で死亡することがあります。2022年の麻疹による死亡者数は全世界で136千人に上りました。医療が発達している先進国でも1000人に1人が死亡します。合併症を起こしやすい人は、小児、妊婦、高齢者、免疫抑制状態にある人、低栄養状態にある人です。第四に、合併症があってもなくても、麻疹は非常に重くて苦しい病気です。

 麻疹に対抗できる唯一の手段はワクチン接種です。麻疹ワクチンは有効率が高く、1回の接種で95%、2回の接種で9799%の人が免疫を獲得します。1回目の接種は1歳時、2回目の接種は就学前の1年間です。麻疹ワクチンは「子どもの命を守る」ワクチンです。1歳の誕生日を迎えたら、できるだけ早くワクチンを接種しましょう。1歳前に接種することも可能ですが、1歳以降に比べて免疫の獲得が弱いため、麻疹患者との接触が疑われる場合を除き、通常は行われていません。もしも1歳前に麻疹ワクチンを接種したら、1歳以降に再接種してください。

 麻疹ワクチンは個人を守るだけでなく、その人が属する集団を守る役割もあります。接種率が95%を超えると、その集団内での麻疹の流行が抑えられます。いわゆる免疫弱者(ワクチンを接種しても免疫を獲得できない体質の人、ワクチンを接種してはいけない病気を持つ人、1歳の誕生日をまだ迎えていないワクチン未接種の赤ちゃんたち)を守るために、皆が思いを巡らせて力を合わせて麻疹の流行を阻止したいものです。大和市の過去3年間(令和35年度)の麻疹ワクチン2回接種率は93.294.8%でした。あと少しの頑張りが求められます。

 麻疹に関して誤った情報がしばしば流布されます。たとえば「麻疹は重病ではない。早いうちに罹っておけば軽く済む」という風説。たしかに感染すれば強固な免疫を獲得します。しかし幼少時に罹れば軽いという医学的事実は存在しませんし、1000人に1人が命を落とすような危険な賭けに出ることが得策とは思えません。麻疹対策の基本は、自然に罹ることではなく、ワクチンによる予防です。「ワクチンを接種すると自閉症になる」という風説もありますが、これも医学的に全否定されています。事の発端は1998年、英国のある医師が両者の因果関係を肯定した論文を医学誌に掲載したことです。その後、この論文の正否を問うための疫学調査が世界中で数多くなされましたが、全ての研究で因果関係は示唆されませんでした。さらに、その医師が利権の絡む団体から金銭を供与されていたこと、データの信憑性に疑いがもたれることが判明し、論文は撤回され医師は免許を剥奪されました。したがって、ワクチン=自閉症説に医学的な根拠はありません。風説を信じてワクチン接種を遅らせたり差し控えたりすることは、子どもを無用な危険に曝すだけです。われわれ小児科医はワクチン接種を積極的に推進してまいります。

 なお、麻疹に関する記事として、2016年8月のコラム「麻疹騒動に学ぶ、集団免疫の大切さ」もご参照ください。