鼻腔に噴霧するだけで済む(= 注射いらずの)インフルエンザワクチン「フルミスト」が2023年に日本で認可されました。当院は2024年から使用を開始しています。フルミストは2003年に米国で認可され、2011年に欧州でも認可されました。一時的な曲折(2009年に流行した新型インフルエンザに対して効果が劣ること)を経ましたが、その後に改良が進み、日本でもこのたび有効性と安全性が認められたわけです。今回は噴霧型ワクチンについて解説いたします。
噴霧型ワクチンの利点の第一は、痛みを伴わないことです。注射が嫌いな人にとって、大きな福音です。注射によって腕が著しく腫れる人にもお勧めです。利点の第二は、一回の接種で済むことです。受診の負担が軽減されます。利点の第三は(実はこれが最も大切ですが)、ウイルスの侵入門戸にあたる鼻腔粘膜にワクチンが直接導入されることです。鼻腔内で分泌型IgAとよばれる免疫抗体が産生され、最前線での防御に威力を発揮します。ワクチンはさらに体内に取り込まれ、全身に行きわたる免疫抗体(IgGとよばれます)を産生します。鼻腔内(侵入前)と全身(侵入後)の二段構えでウイルスと戦うわけです。注射による従来型のワクチンはIgGを産生する能力に長けていますが、鼻腔内での感染を止める初動効果はありません。
一見して噴霧型の方が有利に思えますが、今のところ、噴霧型と注射型のワクチンの効果に明確な優劣は認められず、「同じくらいの有効性」という評価です。噴霧型の効果を減らす機序として、これまでに幾度もインフルエンザに感染した成人では、鼻腔内に噴霧されたワクチンが侵入者と見なされ、これを速やかに撃退する免疫が作動する可能性があげられています。インフルエンザの感染経験の少ない小児では、このような既存の免疫はさほど問題にならないと思われます。そのため日本では、噴霧型の対象年齢は2〜18歳に限定されています。
噴霧型ワクチンには欠点もあります。ワクチンには36〜37℃で増殖しにくい(25℃で増殖する)低温馴化株が用いられていますが、それでも接種後に発熱や鼻咽頭炎(かぜ症状)をきたすことがあります。頻度は1〜10%未満です。鼻閉・鼻汁や喉の違和感を含めると、頻度は50〜60%になります。通常、これらの症状は軽度で数日以内に改善し、特別な治療を要することはまずありません。この時にインフルエンザ検査を行うと、ワクチン株に反応して陽性になることがあります。本物のインフルエンザか、ワクチン株を検出しただけか、判断できません。また、重度の気管支喘息をもつ人や喘息発作を生じている最中の人は噴霧後に喘鳴を生じることがあり、「接種要注意者」とされます。ただし喘息のコントロールが十分に得られていれば、接種してもまず大丈夫と思われます。弱毒生ワクチンですので、妊婦・妊娠の可能性のある人、免疫不全をもつ人には禁忌です。家族内に免疫不全をもつ人がいる場合も接種を避ける方がよいでしょう。ワクチンにゼラチンが含まれているため、ゼラチンによるアナフィラキシーを起こしたことのある人も禁忌です。
当院は今年も噴霧型ワクチンを使用いたします。しかし供給数に限りがあることや欠点も幾つか存在することから、注射型のワクチンも併せて使用いたします。接種が1回で済む13歳以上の方は、価格が安い注射型を選択することもありですね。2回接種を要する13歳未満の方も注射型を選択していただいて、もちろん結構です。注射型には長年の使用経験と使用実績という大きな利点がありますし、有効性は噴霧型に劣るものではありませんので。