新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が5類感染症に変更された昨年5月以降、通常の(季節性の)風邪やインフルエンザが長々と流行し、COVID-19も消え去ることはなく、そのため風邪薬の需要が著しく増加し、「咳止め薬がなくなった」「抗菌薬がなくなった」といった欠品騒動が頻発しています。しかし、咳止め薬がなくなったことで困った子どもたちを見ることはほとんどありません。風邪の治療に咳止め薬は本当に必要か? 今回のコラムでは咳止め薬について考えてみます。
咳止め薬には、(1) コデイン(商品名:フスコデなど)、(2) デキストロメトルファン(商品名:メジコンなど)、(3) チペピジン(商品名:アスベリンなど)があります。順に解説します。
(1) コデインは最も強力な咳止め薬とされますが、有効性を評価した研究は少なく、効果に疑問が持たれています。一方で、副作用(呼吸抑制、便秘・嘔吐、眠気・めまいなど)が高頻度に起こり、米国で子どもの死亡例が相次いだことから、先進国の多くは12歳未満の小児への投与を禁じています。日本も2019年に同様の勧告を発出しました。市販の風邪薬にはコデインを含む製品が少なからずあるので(小児用にも!)、使用前に成分表をよくご確認ください。 (2) デキストロメトルファンは、コデインより弱くチペピジンより強い位置づけです。しかし有効性を評価した研究はありません。一方で、副作用はあります(便秘・腹痛、口渇、眠気・めまいなど)。 (3) チペピジン(アスベリン)は、弱い咳止め薬として小児科領域で頻用されています。しかし2019年に国内で行われた試験で、有効性が確認されませんでした。アスベリンの効果判定は、1974年に行われた非科学的な試験に依っています。「薬を飲んだ、治った、だから効いた」という誤った三段論法です。どこが誤っているか? 人間の身体には病原体を撃退する免疫機構が備わっています。上記の論法では、免疫による自然治癒もすべて「薬のおかげ」になってしまいます。効果の定かでない(怪しい)薬が半世紀にわたり使用され続けていることは由々しき問題です。以上、強弱を問わず有効性を示唆するデビデンスはほとんどなく、副作用のリスクは確実にあることから、当院は10年以上前から咳止め薬をほぼ処方していません。
そもそも咳は悪者でしょうか? そうではありません。咳は、喀痰(かくたん)を吐き出すために生じる生体防御反応です。喀痰とは、体内に侵入した病原体を捕らえて包み込む気道の分泌物です。薬を用いて咳を無理に止めると、喀痰は体外に排出されず気道に留まり、風邪をかえって長引かせてしまいます。アスベリンでそのような困った話をあまり聞かない理由は、実は「効いていないから」かもしれません。咳が出ている時の治療の目標は、咳を止めることではなく、喀痰の排出を促して咳の原因を解消することです。痰切り薬には、カルボシステイン(商品名:ムコダインなど)やアンブロキソール(商品名:ムコソルバン、ムコサールなど)があります。過去の試験で、ある程度の有効性が示唆されています。当院は、咳の治療に痰切り薬をしばしば使用しています。また、乳幼児は気道が狭くて短いため、気管支炎を起こしやすい傾向があります。ツロブテロール(商品名:ホクナリンなど)やプロカテロール(商品名:メプチンなど)の気管支拡張薬は、喘息を有する子どもや気管支炎の併発が疑われる時に処方することがあります。「咳止めシール」と称されるホクナリン・テープに関する論説は、「院長のコラム、2023年5月」をご参照ください。
近年、ハチミツの効用が論じられています。子どもの夜間の咳が軽減するかどうかを検証した試験がいくつかあり、有効性が示唆されています。ハチミツ自体の薬理作用なのか、甘味を感じる神経が咳を和らげるのか、効果をもたらす仕組みはまだ判っていません。咳を完全に止めることは求めないにしても、夜間の睡眠を妨げるような激しい咳を減らすことには意味があります。就寝前に小さじ1〜2杯(約2.5〜5ml)を与え、もしも夜間に咳で起きたらその都度、同量を与えるとよいでしょう。もちろん、日中に与えることもオーケーです。年長児にはハチミツ100%キャンディも試せます。ただし、ボツリヌス症のリスクを有する1歳未満児にハチミツは禁忌ですので、決して与えないでください。これは1歳以上の子どもへの治療法です。
漢方薬にも咳に効く薬があります。痰切り薬として、麦門冬湯が有名です。麻杏甘石湯や五虎湯もよく使用されます。当院は、漢方薬も風邪の治療の有用な手段として積極的に使用しています。しかし残念なことに、咳に関わる漢方薬も現在、欠品状態が続いています。