鉄欠乏性貧血は、赤血球内のヘモグロビン(酸素を運ぶ蛋白質)の材料になる鉄が不足することで起こります。生後6ヶ月から2歳までの1日の鉄の必要量は5〜6mgです。生まれた後の6ヶ月間は、母体からの移行鉄などにより、造血に必要な鉄は十分に確保されています。しかし、貯蔵鉄が減少する生後6ヶ月以降、身体の急速な成長に鉄の供給が追い付かないと、鉄欠乏を生じます。とくに、母乳だけで育てられ、離乳食が進まない赤ちゃんは要注意です。人工乳(ミルク)に含まれる鉄が0.78〜0.99mg/dLであるのに対し、母乳中の鉄は0.04mg/dLしかありません。腸管における鉄吸収率の差を考慮に入れても(人工乳10%、母乳50%)、母乳栄養だけでは必要な鉄を補給することができません。乳児期後半に離乳食が進まない場合、母乳栄養にこだわらず人工乳を利用することが、鉄欠乏を避けるために必要です。フォローアップミルクは、鉄の含有量が1.1〜1.3mg/dLに増量添加されています。生後9ヶ月以降、1日300〜400mLを飲ませたり料理に使ったりすることで、必要な鉄を補うことができます。また、生後9ヶ月頃からの離乳食として、鉄を多く含むレバー、鶏肉、牛肉、赤身の魚を積極的に摂取することも勧められます。反対に、牛乳に含まれる鉄は0.02mg/dLと低く、腸管からの吸収率も10%と低く、さらにカルシウムが腸管での鉄の吸収を妨げるため、牛乳の多飲は鉄欠乏を容易に引き起こします。1歳までは牛乳を与えないこと、1歳を過ぎても1日に飲む牛乳の量を400〜500mL以下に抑えることが大切です。
鉄は脳神経細胞の分化・形成と機能の維持に必須の微量元素です。鉄欠乏が長く続くと、脳の構造変化(シナプス結合の減少、髄鞘化の障害など)が起こり、脳内で働くモノアミン(ドパミンやノルエピネフリン)の生成が妨げられます。その結果、乳幼児期の鉄欠乏は短期的にも長期的にも神経発達に悪影響を及ぼします。具体的には、注意・運動・認知・学習・行動面の機能低下、睡眠・覚醒リズムの乱れを起こします。易刺激性(わずかな刺激に過敏に反応し激しく泣く)や注意力散漫(周囲への関心の低下、落ち着きの無さ)は、乳幼児期の鉄欠乏症を疑わせる症状です。憤怒痙攣(泣き入りひきつけ)も鉄欠乏と関連することがあります。
乳幼児の鉄欠乏性貧血は、ゆっくり進行し症状が明確でないため(顔色不良で判明することは稀です)、親だけでなく小児科医でさえ発見が困難です。米国小児学会は、1歳の時点で鉄欠乏性貧血のスクリーニング検査を推奨しています。一方、日本ではそのような機会が与えられていません。生後6ヶ月以降も母乳単独栄養を続けていて、離乳食がなかなか進まない場合、さらに易刺激性や発達の遅れが気になる場合、鉄欠乏の可能性についてかかりつけ医に相談なさることをお勧めいたします。重度の鉄欠乏性貧血が長く続くと脳機能障害の一部が改善しないことが報告されていますので、生後9〜12ヶ月頃には相談なさるのがよいと思います。鉄剤の内服治療を行うことにより、鉄欠乏の状態を改善し、脳神経細胞の発達を促すことが期待できます。