2014年7月6日

髄膜炎を予防するワクチン二種の絶大な効果

 細菌性髄膜炎(以下、髄膜炎)は恐ろしい病気です。普段は鼻や喉にいる細菌が血液に侵入することがあり、それが脳を包む髄膜に取り付くと、最終的には脳そのものに病気を起こします。髄膜炎を発症すると、医学の進んだ現在においても、死亡率3〜5%、後遺症率20〜25%という厳しい数字が並びます。髄膜炎を防ぐワクチンが導入される前の日本では、一年間に約千人の子どもが髄膜炎に罹っていました。そのうち、ヒブによる髄膜炎が約600人、肺炎球菌による髄膜炎が約200人。二つの細菌による髄膜炎で亡くなる子どもが約50人いました。


 髄膜炎の原因となる主な細菌は、上に述べたようにヒブと肺炎球菌です。ヒブは1種類の菌ですが、肺炎球菌は約90種類あり、髄膜炎を起こしやすいタイプは約13種類です。これらの細菌感染を防ぐワクチンは、日本では2008年12月(ヒブ)と2010年2月(7価の肺炎球菌)にそれぞれ導入されました。当初は自費による任意接種のため接種率が低迷しましたが、公費助成が始まった2011年以降は接種率が急増し、それに伴って髄膜炎に罹る子どもが急減しています。

 ヒブによる髄膜炎の罹患率(5歳未満人口10万人あたり)を過去数年間で比べると、2008〜2010年の平均値が7.7人、2011年が3.3人(減少率57%)、2012年が0.6人(減少率92%)です。これらは全国調査の平均値ですが、鹿児島県など早くから公費助成を始めていた地域では、2013年にヒブによる髄膜炎の発生ゼロを達成しています。

 肺炎球菌による髄膜炎の罹患率(5歳未満人口10万人あたり)を過去数年間で比べると、2008〜2010年の平均値が2.8人、2011年が2.1人(減少率25%)、2012年が0.8人(減少率71%)です。肺炎球菌は種類が多いため、髄膜炎の発生ゼロを達成することは難しく、2013年は頭打ちの傾向(減少率61%)を示しました。しかし、2013年11月に従来の7価ワクチンから新規の13価ワクチンに切り替えられたことで、罹患率がまた減少に転じることが期待できます。

 以上の実績から、二種類のワクチンの絶大な効果をご理解いただけると思います。髄膜炎に限らず、肺炎球菌が起こす中耳炎や肺炎の減少にも、肺炎球菌ワクチンは大きく貢献しています。米国のデータですが、肺炎球菌に起因する重症感染症がワクチン導入後に98%減少しました。もう一つ、やはり米国のデータですが、子どもの肺炎球菌感染症を防ぐことで、65歳以上のお年寄りの肺炎球菌感染症を65%減少させるという間接効果もみられました。

 髄膜炎を防ぐワクチンは、小児科の一般診療を変えようとしています。かつては発熱している子どもを診たら、髄膜炎をはじめとする重症感染症の影に怯えて抗生物質(抗菌薬)を処方することが日常的に行われていました。”かつて” と記しましたが、日本は今もって世界有数の抗生物質の大量消費国です。無分別な抗生物質の使用は、薬剤耐性菌を次々に生み出して、感染症の難治化をもたらしました。また、抗生物質は髄膜炎を予防する効果がないことも最近の臨床研究で判ってきました。個人的な見解ですが、「熱があるから」「喉がちょっと赤いから」「鼓膜がちょっと赤いから」「鼻水が黄色いから」「髄膜炎が何となく心配だから」「取りあえず」「念のため」というのは、抗生物質を処方する理由としては薄弱だと思います。かぜの約80〜90%は抗生物質を必要としないウイルス感染症なのですから。病歴をしっかり聴き、全身をしっかり診察し、経過を考慮した上で、抗生物質が必要な病気かどうかを慎重に見極める姿勢が必要です。


<参考>
 かぜの原因の10〜20%が細菌感染、80〜90%がウイルス感染です。細菌もウイルスも目に見えない微生物ですが、両者の性質は大きく異なっています。細菌は細胞を持っていますが、ウイルスには細胞がありません。核酸(DNAまたはRNA)だけを持っています。ウイルスは自分の力では増殖できず、他の生物(細胞)に寄生することではじめて増殖できるので、生き物というよりも “生き物に近い物質” と見なされています。
 細胞を持つ細菌は抗菌薬で退治できますが、細胞のないウイルスには抗菌薬が効きません。なお、抗生物質という用語は近年、抗菌薬と抗ウイルス薬に分けられています。日常診療で使用される抗ウイルス薬は、タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ薬、ゾビラックスなどの抗ヘルペス薬など、きわめて少数です。
 抗菌薬は細菌と闘うための大事な武器です。ここぞ!という時にはしっかり使います。しかし、不必要な抗菌薬は子どもの身体に有害であることも、常に意識しておかなければなりません。