舌の裏側の真ん中で、口の底に向かって伸びる膜状のヒダを舌小帯(ぜつしょうたい)といいます。舌小帯は通常、舌の後方に付着していますが、人によってはやや前方(舌の先端部に近い所)に付着し、この場合は舌の前方と上下への動きが制限されます。この状態を舌小帯短縮症といいます。ほかに舌癒着症、舌硬直症、短舌症など、診療科によってさまざまな呼び名があります。
舌小帯短縮症が著しいと、舌を前方に出しにくくなります。前歯(歯列)越えて出すことが難しく、舌で口のまわりを舐めることがうまくできません。無理して前に突き出そうとすると舌の先端がハート型にくびれることで、容易に診断できます。
かつて、舌小帯短縮症が哺乳障害や将来の構音障害(発音の異常)の原因になると考えて、出生後早期に切離することを推奨した時代がありました。しかし実際に哺乳障害を経験することはほとんどありませんし、舌小帯は成長に伴って自然に切れてしまうか縮小してしまうため構音障害に至ることもほとんどありません。現在、これらの理由で乳幼児早期に手術を必要とする症例はきわめて稀です。舌小帯の手術適応は、構音障害が4~5歳になっても改善しない場合、舌の動きが悪いことによる心理的負担が大きい場合など、舌小帯短縮の程度が著しい症例に限られます。ある程度まで成長してから手術を考慮しても遅すぎることはありません。
ところが以前からごく一部の施設(耳鼻咽喉科)で、「舌癒着が呼吸障害を引き起こす。早期に手術治療しないと乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険が増す」との主張により、生後間もない時期から全身麻酔下に手術が行われています。さらにごく一部の助産師・保健師が「舌小帯を切らないと突然死を起こす」「哺乳がうまくできず健やかに育たない」など、手術を積極的に勧めるコメントを発して、子育て中の母親を大きな育児不安に陥れています。
この問題を重く見た日本小児科学会は広範囲の調査・文献検索と医学的な検討・検証を行い、「舌小帯と呼吸障害あるいはSIDSとの関連性は明らかでなく、突然死の予防を目的とする舌小帯手術の正当性は認められない」との結論を2001年に発表しました。SIDSの主因は睡眠時無呼吸からの覚醒反応の遅延であることが明らかにされつつあり、舌をはじめとする上気道の異常による突然死はごく例外的な別の病気と考えられます。
私見を述べますと、哺乳障害や呼吸障害にはさまざまな原因があり、舌小帯の異常を極端に強調する "思想" にはまったく賛成できません。手術の適応はくれぐれも慎重に決めるべきです。もしも手術を勧められても直ちに同意するのではなく、信頼できるかかりつけの小児科医または耳鼻科医にセカンド・オピニオンを必ずお尋ねください。乳幼児は言葉を話せませんし、自分で物事を決めることができません。受け身の存在である乳幼児を不当な麻酔や手術という侵襲から守るために、また子育て中の母親に無用な恐怖と不安を抱かせないために、私たち小児科医は適切な医学情報を発信しなければならないと思います。