細菌性髄膜炎を起こす原因菌の80~90%がヒブと肺炎球菌です。ヒブと肺炎球菌を防ぐワクチンは、すでに諸外国で定期接種として広く普及しており、今や細菌性髄膜炎を見る機会はほとんどありません。さらに二次的な効果として、ヒブと肺炎球菌による菌血症や肺炎など重症疾患の発生も著しく減っています。一方、日本ではワクチンの認可が大幅に遅れているため、今でも年間に約千人の子どもが細菌性髄膜炎にかかり、その四分の一が尊い生命を失ったり重い後遺症に苦しんだりしています。欧米先進諸国に比べて、日本のワクチン政策は約十年から二十年遅れています。その間に救えたはずの生命はすでに数百人にのぼります。この酷い実態は、厚生労働省の無為無策による人災と言えましょう。日本は諸外国から「ワクチン貧国」と嘲笑される始末です。最近になってようやく厚生労働省は重い腰をあげ、2008年12月にヒブワクチン(アクトヒブ)、2010年2月に小児用肺炎球菌ワクチン(プレベナー)を認可しました。この二種類のワクチンを接種することで、細菌性髄膜炎の85%は予防できます。
しかしワクチンの接種方式は、定期接種ではなく任意接種の扱いにとどまっています。任意接種では子どもを完全に守りきることはできません。任意接種の費用は、公費助成を導入している一部の自治体を除き、全額自己負担です。ワクチンの接種費用は安価ではありません。ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンをそれぞれ4回ずつ接種すると、合計7万円近い支出を強いられます。今のままでは収入の格差が生命の格差につながる恐れがあります。大和市でも座間市でも、残念ながら公費助成はなされていません。昨年、大和市小児科医会の名前で公費助成の要望書を提出しましたが、財政難を理由に拒絶されました。今後も粘り強く折衝を続けてまいります。任意接種はまた、その重要性がなかなか理解されない難点があります。親御さんの多くは「定期接種は必要なワクチンで、任意接種はどちらでもいいワクチン」と認識されているのではないでしょうか。決してそうではなく、必要かつ重要なワクチンであることは、諸外国がワクチンの力で細菌性髄膜炎を過去の病気へと追いやった事実から明らかです。任意接種にとどまっているのは、国(厚生労働省)が単に怠慢で、子どもの健康を真剣に考えていないからです。現状では、細菌性髄膜炎の恐ろしさを知っている方だけがワクチンの恩恵にあずかっています。情報の格差が生命の格差につながっているのです。ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化は、必ず為し遂げなければなりません。
去る2010年3月23日、「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」の代表者の方々が国会を訪れて、ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化を求める請願書を厚生労働大臣に提出しました。全国から集まった署名は4万筆を超えました。当クリニックも微力ながら署名活動に参加いたしました。しかし党利党略が渦巻く政治の混乱の中で、せっかくの請願書はまったく審議されることなく破棄されてしまいました。2007年4月以降、ワクチンの定期接種化を求める署名活動は計4回行なわれ、延べ20万筆が衆参両院議長と厚生労働省に届けられています。しかしながら、一度として真摯に取り合ってもらえたことはなく、いつも有耶無耶のうちに葬り去られています。いやしくも先進国と称される国々の中で、子どもの生命をここまで軽視する国が他にあるでしょうか。ヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化は、政治信条や思想を超えた、全国民に共通する緊急の課題であり悲願であると思います。今後新たな署名活動を行なう際には、皆様のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。
(2010年4月26日に初掲載。定期接種化を求める4回目の請願書が廃棄されたことを受けて改訂版を再掲載)