急性上気道炎(いわゆる風邪)の多くは抗生物質を必要としません。今回のコラムでは「抗生物質の使いすぎは耐性菌を増加させる」「抗生物質はあらゆる風邪に効く万能薬ではない」「抗生物質の効く風邪をきちんと選別しなければならない」ことを解説します。
抗生物質(正式名は抗菌薬)は細菌の生育を抑える薬として、これまで多くの人々の命を救ってきました。細菌感染症はやがて制圧され過去の病気になるだろうと期待されたものです。しかし近年、抗生物質の効かない耐性菌が続々と登場するに及んで、このような楽観論は完全に消し飛んでしまいました。たとえば、肺炎球菌の耐性化率は10年前には10%でしたが、現在は50~90%という驚くべき数値にはね上がっています。その結果、肺炎球菌による中耳炎や肺炎が治りにくくなったことを日々の診療で体験します。私たちが細菌感染症との戦いの中で学んだことは、抗生物質を使うと耐性菌が必ず現れるということです。従来は新しい抗生物質を作って耐性菌に対抗してきましたが、新薬の開発が限界に達しつつある現在、このようなイタチごっこを永遠に続けることは不可能です。
耐性菌の出現率は抗生物質の使用状況と密接に関連します。風邪に対する抗生物質の適正使用が厳しく定められている欧米諸国では、耐性菌の出現率はごくわずかです。しかし明確な基準をこれまで持たなかった日本では、抗生物質の使用量の多さに比例して耐性菌も高率に検出されています。抗生物質の無意味な乱用は避けねばなりません。
風邪の80~90%はウイルス感染です。冬のRS、春と秋のライノ、夏のエンテロが代表例です。ほかにもアデノ、パラインフルエンザ、コロナなど、多くのウイルスが風邪の原因となります。これらのウイルスに対して、抗生物質はまったく効きません。したがって、すべての風邪に一律に抗生物質を使うことは正しくありません。生体のもつ免疫能で自然に治る、抗生物質を必要としない風邪の方がずっと多いのです。筆者は子ども一人一人の病状をよく観察して、抗生物質が最初から必要な風邪(10~20%の細菌感染)かどうかを慎重に見きわめます。抗生物質が当面は不要と判断されたら、子どもの免疫能を尊重してそれを伸ばす治療を心がけます。しかし時には免疫能が力及ばずに風邪が長引き、細菌が後から割り込んで二次感染(中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎など)を続発する場合があり、これには抗生物質が必要です。最初から抗生物質を使っても二次感染は予防できないので、二次感染が心配なケース(免疫能が未成熟な赤ちゃん、全身状態の悪い子ども)では1~3日ごとに診察を繰り返し、抗生物質の追加に踏み切るタイミングを逃さないように努めます。これを専門用語で”wait and see approach”とよびます。
抗生物質の使用法には議論の余地がまだまだあります。当クリニックの基本方針は日本外来小児科学会の”抗菌薬使用ガイドライン(2005年)”に準拠していますが、今後も医学の進歩に合わせて改良を重ね、より良い形に発展させたいと考えています。