2019年11月24日

止めるぞ! 風疹!

 先天性風疹症候群という病気があります。妊娠初期(20週頃まで)の女性が風疹ウイルスに感染すると胎児も感染して、難聴、先天性心疾患、白内障、緑内障、成長障害、精神遅滞などを発症します。障害の発生率は妊娠初期に感染するほど高くなります。妊娠1ヶ月で50%以上、2ヶ月で35%、3ヶ月で18%、4ヶ月で8%と報告されています。風疹には症状の現れない不顕性感染が15〜30%あるため、自分の知らないうちに妊婦にうつしていたり、妊婦は風疹にかかったことに気づかなかったりして、赤ちゃんが生まれた後に病気が判明するケースも少なからずあります。

 先天性風疹症候群は予防接種で防げる病気です。女性は妊娠する前にワクチンを二回接種して風疹に対する免疫抗体を獲得しておくこと、社会的には男女を問わずワクチンを二回接種して風疹の流行をなくすこと、の二点が重要です。世の中には先天性免疫不全などの病気でワクチンを接種したくてもできない人がいます。せっかくワクチンを接種しても免疫の獲得が不十分な体質の人もいます。社会全体が風疹に対する抵抗力を底上げすることで弱者を守る気配りが大切です。

 世界保健機関(WHO)は2020年までに風疹の根絶を目指す目標を掲げており、実際に米大陸や豪州では予防接種の徹底によって根絶が達成されています。一方わが国では、2012〜14年に風疹が流行し(先天性風疹症候群の赤ちゃんが45人生まれ、11人がすでに亡くなっています)、2018年から現在に至るまで再び流行が続いています(先天性風疹症候群の赤ちゃんが4人生まれています)。米国は妊婦や予防接種を受けていない人に対して、風疹が流行している間は日本への渡航を控えるように勧告しています。先進国を名乗ることがはばかられる情けない事態です。

 日本で風疹の根絶が進まない理由は、成人男性における予防接種率の低さです。現在の流行の中心は、小児期に風疹ワクチンを接種する機会のなかった40〜50代の男性です。2019年に報告された感染者のうち、約90%が予防接種歴なしまたは不明でした。厚生労働省は本年4月から、1962〜1978年度生まれの成人男性を対象に、風疹抗体価の測定とワクチン接種を無料で実施しています。当院も実施医療機関に登録されています。しかし10月末現在でワクチンを接種した人は対象者の約2.2%と低迷したままです。ここから先は推測になりますが、働き盛りの年代の男性にとって、仕事を休んで医療機関に行く時間を捻出することは難しいのかもしれません。また、風疹や先天性風疹症候群の危険性が「目に見えにくい」ため、予防接種の必要性を実感できなかったり他人事と捉えたりしているのかもしれません。

 風疹はインフルエンザよりも感染力の強い病気です。感染している人は、咳やくしゃみなどの飛沫を介して周囲にウイルスを散布します。風疹に対する免疫抗体のない人が一定数以上いる限り、流行は繰り返されます。流行を阻止するために、そして胎児を先天性風疹症候群から守るために、免疫抗体を持つ人の割合を100%に近づけなければなりません。ひとりが予防接種を受けて免疫抗体を保有すれば、隣り合わせになった人を守ることができます。隣の人、そのまた隣の人も免疫抗体を持っていれば、風疹に対するバリアの範囲がつながって広くなり日本中をカバーできるようになります。社会全体で妊婦とお腹の中の赤ちゃんを守りましょう!

 わが子が先天性風疹症候群を発症した母親は例外なく、「自分が風疹にかかったせいで…」と苦しみに苛まれます。母親の一人は、感染の中心となっている成人に予防接種を受けてほしいとの願いをブログに綴っています。「自分でも気づかないうちにウイルスを出してしまい、自分の知らないところで傷ついている人もいることを分かってほしい。関係ないと思わずにワクチンの接種を受けてほしい」と。