2019年10月6日

真っ当な「かぜ診療」を目指して

 日常の小児診療で最も多く遭遇する疾患はかぜ(急性上気道炎)です。主な症状は、発熱、咳、鼻水・鼻づまりです。これらの症状に対して、熱冷まし(解熱薬)、咳止め(鎮咳薬)、鼻水止め(抗ヒスタミン薬)などの薬が使われます。いずれも対症療法のための薬です。抗菌薬、漢方薬などが使われることもあります。これらの薬の有用性について検討してみましょう。

(1) 発熱
 発熱は、生体が病原体と闘う時に生じる防御反応の一つです。体温が上がることで、白血球を活性化したり、サイトカインの産生を促したり、病原体の増殖を防いだりします。院長のコラム「熱が出る仕組み」(2012年9月)をご参照ください。発熱があっても、それ以外に目立つ症状がなければ、慌てなくても大丈夫です。子どもが発熱した時に最も大切なことは、体温計の数字を追うことではなく、全身の状態をよく観察することです。食べることができている、遊べている、眠れているときは、解熱薬を使用しないことを推奨します。飲食や睡眠に支障があったり頭痛に悩まされたりするときは解熱薬を使用できますが、体温を一時的に下げる効果しかないこと、病気の改善には役立たない(ときには邪魔になる)ことをお含みおきください。

 小児の発熱で注意すべき病態は三つです。(1) 生後3ヶ月未満児の発熱(重い感染症が10〜15%存在します)、(2) 3日を超えて続く発熱(重症の感染症や川崎病など、かぜ以外の病気の可能性が出てきます)、(3) 発熱以外の症状が重い(呼吸が苦しい、意識がおぼろげ、嘔吐や下痢が止まらない、動く気力もない、顔色が極端に悪いなどは、かぜではなくもっと重度の病気の徴候です)。早急に医療機関を受診してください。解熱薬はこれらの病態の解決策にはならず、それどころか病気の重症度を覆い隠してしまう恐れがあります。

 解熱薬の効用は限定的ですが、麻黄湯や葛根湯などの漢方薬は発熱時にしばしば有効です。超多成分からなる漢方薬は、免疫をつかさどる細胞群のさまざまな箇所に作用し、免疫反応を迅速に立ち上げる働きがあります。西洋薬をしのぐ効果を示すことさえあります。院長のコラム「漢方薬の使い道はいろいろ」(2018年11月)をご参照ください。

 かつては発熱があると、「念のため」「とりあえず」「重くならないように」「のどが赤い」などの理由をつけて抗菌薬を処方する医療が横行していました。しかし、かぜの原因の90%はウイルス感染であり、抗菌薬はまったく効きません。かぜの初期段階で抗菌薬を用いても重症化(肺炎、中耳炎、髄膜炎など)を防げないことも証明されています。「のどが赤い」のであれば、溶連菌感染症を鑑別診断すべきです(溶連菌には抗菌薬が効きます)。発熱があるからといって抗菌薬が自動的に出てくる医療は、感染症の知見が乏しかった時代には仕方なかった側面もありますが、現在でもこんなことをしているようでは駄目です。抗菌薬は細菌感染症と闘うための大切な薬。正しい根拠にもとづいた適正な使用をあらためて強調したいと思います。

(2) 咳
 咳は、生体が病原体や分泌物(痰)を排除しようとして、また空気の出入りを良くしようとして生じる防御反応の一つです。原因として感染症(かぜ、気管支炎など)が多いですが、アレルギー(喘息)や環境因子(タバコなど)が関与することもあります。咳の意味合いを考えた場合、止めることに固執すべきではなく、原因を除くことを優先すべきでしょう。

 去痰薬はよく用いる薬です。痰の分泌量を減らす、痰の粘度を下げる、気道液(サーファクタント)の分泌を促すなどの作用により、痰を体外に出しやすくします。気管支拡張薬は、気管支が強く収縮して空気の通りが悪くなったとき、収縮を緩める働きをします。喘息または喘息性気管支炎で生じる咳に用います。シールのように皮膚に貼り付ける気管支拡張薬が「お手軽な咳止め」として処方される例をよく見かけますが、まったく誤った使い方です。かぜの咳には効きません。

 鎮咳薬(咳止め)を用いることはほとんどありません。痰を排出する反応を邪魔すると、かぜがかえって長引きます。そもそも小児用の鎮咳薬で、有効性が科学的に証明されている薬はありません。最もよく用いられるアスベリンも、イヌ・ウサギ・ハトの実験データしかなく、ヒトに効くかどうかは不明です。咳が生活に支障をきたすほど強い(睡眠などが妨げられる)場合、成人では中枢性麻薬性鎮咳薬のコデインが用いられることがありますが、コデインは呼吸抑制の重大な副作用を生じうるため、12歳未満における使用が禁止されています。日本は米国に遅れること2年、2019年7月にようやく使用禁忌の決定がなされました。

 漢方薬は、咳に対しても役に立つ場面が多いです。麦門冬湯、五虎湯、麻杏甘石湯、柴朴湯などをよく用います。いずれも咳の原因を除く作用を有します。こちらも院長のコラム「漢方薬の使い道はいろいろ」(2018年11月)をご参照ください。

(3) 鼻水、鼻づまり
 鼻水や鼻づまりは、生体に侵入しようとする病原体を鼻腔内で食い止めて、押し戻して洗い流そうとする防御反応です。原因として感染症(かぜ、副鼻腔炎)が多いですが、アレルギーや異物(ホコリなど)が関与することもあります。咳と同様に、鼻水を止めることではなく原因を除くことが治療上、優先されます。

 かぜをひいたときの鼻水の性状は、最初は透明でサラサラですが、時間がたつと粘性が増してドロドロになります。ここで注意すべきは、「膿性(ドロドロ)の鼻水 = 直ちに抗菌薬の出番」ではないこと。病原体を退治するために白血球や免疫細胞が働くと、鼻水は黄色くなります。高熱がなく全身状態が良ければ、7〜10日間は抗菌薬を使わないことが小児医療の原則です。

 鼻水を溜めておいたりすすり上げたりすると、副鼻腔炎や中耳炎を引き起こす原因になります。こまめに鼻をかむこと、鼻をかめない乳幼児においては器具を用いて鼻水を優しく吸引することは、息苦しさを解消するだけではなく、鼻水に封じ込められた病原体を除去する意味で重要です。

 かぜ治療における鼻水止め(抗ヒスタミン薬)の役割は限定的です。なかでも第一世代に分類される抗ヒスタミン薬(ペリアクチン、ポララミン)は、眠気や口渇などの副作用を有し、痙攣の閾値を下げる可能性が指摘されています。安易に使用してはならない薬です。第二世代の抗ヒスタミン薬は、アレルギー性鼻炎の鼻水とアトピー性皮膚炎や蕁麻疹の痒みに有用です。

 喘息や喘息性気管支炎において、鼻水・鼻づまりが併発していても、鼻水止めを使用すべきではありません。鼻水のみならず痰の粘度を上げることで、呼吸困難を悪化させる可能性があります。鼻水や痰を取り除くことを優先すべきです。

 漢方薬は、鼻水・鼻づまりに対しても役に立つ場面が多いです。小青竜湯、葛根湯加川芎辛夷、辛夷清肺湯、麻黄湯などをよく用います。いずれも原因を除く作用を有します。味の悪さという欠点はありますが、いろいろと制約の多い抗ヒスタミン薬よりも、かぜ治療において重宝します。