2018年7月9日

肺炎を見逃さないコツ 〜 経過をよく見ること 〜

 前回のコラムで「かぜが悪化して肺炎になることもある」と述べました。今回はこの点をもう少し深く掘り下げてみます。一例を示しましょう。他院で「かぜ」と診断された子どもが、熱と咳が良くならないという理由で当院を受診しました。熱のせいで顔が赤く火照り、活気がなく、ひどい咳を絶え間なくしています。聴診器を胸に当てると、ブツブツと雑音が聞こえます。胸部レントゲン写真を撮ってみると、肺野に白い影が見えます。「肺炎」と診断しました。

 さて、ここで質問です。前医は肺炎を見逃したのでしょうか? 肺炎をかぜと誤診したのでしょうか? 答えは「ノー」です。たぶん最初はかぜだったのです。通常ならかぜで終わるところでしたが、たまたま強力な病原体に侵されたか、たまたま体調が悪くて抵抗力が落ちていたか、どちらかの(あるいは両方の)要因により、あとから肺炎になってしまったのです。前医の見逃しや誤診ではありません。その子どもは、抗菌薬の服用と自宅療養により、数日後に元気を取り戻しました。よかった! 「あとから診る方が名医」の言葉どおり、病気の全経過を俯瞰できる立場の方が、より正確な診断をくだせますし、より適切な治療を行うことができます。

 ここでもう一つ質問です。かぜの段階で抗菌薬を服用していれば、肺炎への進展を防ぐことができたでしょうか? 答えはやはり「ノー」です。抗菌薬の予防投与が肺炎を減らしてくれるという医学的な証拠はありません。かぜの9割超は上気道(鼻、のど)のウイルス感染です(残りの1割弱は溶連菌です)。ウイルスに抗菌薬は効きません。かぜの初期に(肺炎に進んでいないうちから)抗菌薬を投与してもウイルスは死にませんし、かぜは治りません。代わりに体内に常在している細菌が死にます。しかし体内の細菌すべてが死に絶えるわけではありません。細菌の生息数は非常に多いですし、抗菌薬の効かない細菌もあります。この「抗菌薬の効かない細菌」がくせ者です。抗菌薬を一回のかぜに使うくらいでは影響は小さいですが、かぜのたびに反復して使ったり長期間にわたって使ったりしていると、抗菌薬の効かない細菌(すなわち薬剤耐性菌)の体内に占める割合がどんどん増えていきます。そして、抗菌薬が本当に必要な場面になった時、効く薬がない!という悲劇が起こります。抗菌薬をむやみに使うことに伴う弊害は、薬剤耐性菌の増加以外に、腸内細菌叢の撹乱とそこから派生するアレルギー疾患の増加などがあります。これに関しては、コラム「腸内細菌叢の乱れは病気を起こす」(2017年1月)をご参照ください。

 抗菌薬をかぜの初期に使っても有害無益であることをご理解いただけたかと思います。さて、ここからが本題です。かぜから肺炎に進む徴候をどのように見つけたらよいでしょうか。正解は「時間の流れの中で病状がどう変わるかをしっかり見ること」です。「時間」が大切な要素です。かぜ → 気管支炎 → 肺炎の間に明瞭な区分があるわけではなく、病状は徐々に悪化することがほとんどです。発熱が72時間を超えたり咳が10日たっても良くならなかったりしたら、かぜ(上気道炎)がこじれて気管支炎・肺炎(下気道炎)になっている可能性があります。医師に再相談しましょう(心配な時はもっと早めの再相談でも構いません)。免疫能が大人に比べて未熟な子どもは、病状が急激に悪化する危険もあります。早い段階から顔色が真っ青だったり、息が荒くて苦しそうだったり、動こうとせずにぐったりしていたら、躊躇することなく相談に来てください。ただし実際は、かぜの9割以上は自然に治り、肺炎に進む例はごく一部だけと思っていただいて結構です。

 あとで何が起きても言い訳できるようにと、最初から抗菌薬を「念のために」に処方する医療は過去の遺物です。よく聞かれる「のどがちょっと赤いから」は、抗菌薬を使う言い訳にはなりません。子どもの免疫能と治癒力を尊重しつつ、最小限の薬で経過を見て、必要な場面で十分な薬を使う医療が適正であると思われます。