2017年7月17日

細菌性髄膜炎を防ぐワクチンの効果(改訂第三版)

 2014年7月6日に掲出した記事の改訂版をお届けいたします。2015年の髄膜炎罹患率のデータが新しく追加されたのを機に、少々加筆・修正したものです。


 細菌性髄膜炎(以下、髄膜炎)は恐ろしい病気です。普段は鼻や喉にいる細菌が血液に侵入することがあり、それが脳を包む髄膜に取り付くと、最終的には脳そのものに病気を起こします。髄膜炎を発症すると、医学の進んだ現在においても、死亡率3〜5%、後遺症率20〜25%という厳しい数字が並びます。髄膜炎を防ぐワクチンが導入される前の日本では、一年間に約千人の子どもが髄膜炎に罹っていました。そのうち、ヒブによる髄膜炎が約600人、肺炎球菌による髄膜炎が約200人。二つの細菌による髄膜炎で亡くなる子どもが約50人いました。

 髄膜炎の原因となる主な細菌はヒブと肺炎球菌です。ヒブは1種類の菌ですが、肺炎球菌には約90種類の亜型があり、髄膜炎を起こしやすいタイプはそのうちの約20種類です。これらの細菌感染を防ぐワクチンは、日本ではヒブが2008年12月、7価肺炎球菌(PCV7)が2010年2月にそれぞれ導入されました。当初は自費による任意接種のため接種率が低迷しましたが、公費助成が始まった2011年以降は接種率が急増し、それに伴って髄膜炎に罹る子どもが急減しています。

 ヒブによる髄膜炎の罹患率(5歳未満人口10万人あたり)を過去数年間で比べると、2008〜2010年の平均値が7.7人、2011年が3.3人(減少率57%)、2012年が0.6人(減少率92%)、2013年が0.2人(減少率97%)、2014年と2015年が0人(減少率100%)です。ワクチンの効果はめざましく、ヒブ髄膜炎はもはや過去の病気になりました! ヒブに起因する急性喉頭蓋炎の報告もゼロになり、髄膜炎以外のヒブ感染症にもワクチンの効果が示されています。

 肺炎球菌による髄膜炎の罹患率(5歳未満人口10万人あたり)を過去数年間で比べると、2008〜2010年の平均値が2.8人、2011年が2.1人(減少率25%)、2012年が0.8人(減少率71%)、2013が1.1人(減少率61%)、2014年が0.8人(減少率71%)、2015年が0.9人(減少率68%)です。ワクチンの効果は明らかですが、現行の13価ワクチン(PCV13)では髄膜炎を起こす全タイプをカバーしきれておらず、罹患率の減少は2012年以降、頭打ちになっています。

 髄膜炎の撲滅にはまだ課題が残りますが、肺炎球菌が起こす中耳炎や肺炎の減少にも肺炎球菌ワクチンは大きく貢献しています。米国のデータですが、肺炎球菌に起因する重症感染症がワクチン導入後に98%減少しました。この傾向は、当院における日常の診療でも実感しています。もう一つ、やはり米国のデータですが、子どもの肺炎球菌感染症を防ぐことで、65歳以上のお年寄りの肺炎球菌感染症を65%減少させるという「間接効果」もみられました。

 ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの副反応の多くは、発熱と注射部位の腫れ・赤みです。頻度は10〜20%です。発熱するのは接種した当日か翌日で、38〜39℃に及ぶこともあります。発熱以外の症状はなく、元気は比較的よく(笑顔がみられ哺乳力がいつもどおりなら、まず大丈夫でしょう)、1日前後で解熱します。一時的な症状ですので、心配はいりません。しかし風邪などの病気による発熱との区別が難しい場合もありますので、普段と様子が大きく異なったり発熱が2日以上続いたりしたら、主治医にご相談ください。なお、ワクチン後に発熱したからといって、次の接種でも必ず発熱するわけではありません。発熱などのデメリットを考慮に入れても、髄膜炎の予防というメリットは遙かに大きいです。生後2ヶ月になったら、できるだけ早くワクチンを接種することをお勧めします。

 髄膜炎を防ぐワクチンは、小児科の一般診療を変えつつあります。かつては発熱している子どもを診たら、髄膜炎をはじめとする重症細菌感染症の影に怯えて抗菌薬(抗生物質)を「念のために」処方する医療が日常的に行われていました。その結果として、抗菌薬の効かない耐性菌が次々に生み出され、感染症が難治化してしまいました。実際のところ、発熱を伴う風邪の80〜90%はウイルス感染であり、抗菌薬は効きません。「のどが赤い」「鼻水が黄色い」「中耳炎になりそう」などは、抗菌薬を直ちに使う理由にはなりません。これからの時代、抗菌薬を必要とするかしないかをしっかり見極められる眼力が、すべての医師に求められているといえるでしょう。