2015年6月7日

おたふくかぜワクチンの大切さ

 おたふくかぜは流行性耳下腺炎(英語名 ムンプス)の別称で、小児期の代表的な感染症のひとつです。飛沫または唾液の接触により、人から人に感染します。1人の感染者が周囲の人に二次感染させる再生産数は4〜7人です。おたふくかぜは毎年地域的な小流行があり、3〜4年に一度は大規模な流行があります。前回が2010〜11年だったので、次の流行は近いと予想されます。大和市において5月頃から、おたふくかぜに罹ったと思われる児がときどき来院しています。そろそろ要注意かもしれません。

 おたふくかぜは唾液腺の腫れと痛みを特徴とする急性疾患です。年齢が低いほど、症状が軽くなります。1歳では不顕性感染(症状が現れない)率が80%を占めます。4歳を越えると、不顕性感染率は10%に低下し、90%の児は唾液腺を腫らします。おたふくかぜは一般に軽い病気と思われがちですが、髄膜炎(3〜10%)、脳炎(0.02〜0.3%)、難聴(0.1〜0.25%)の合併には注意が必要です。いずれも高年齢で罹るほど、合併率が増します。おたふくかぜによる難聴は、日本で年間に300〜650例あると推計されています。通常は片側性ですが、有効な治療法はなく、一生涯にわたり難聴が続きます。思春期以降におたふくかぜにかかると、精巣炎や卵巣炎を高率に合併します。精巣炎は激烈な痛みを伴います。ただし不妊症にまで至る例は稀とされています。

 多くの先進国や経済興隆国で、おたふくかぜワクチンは定期接種になっています。先進国で定期接種化されていないのは日本だけです。水痘の定期接種化(2014年10月)の陰に隠れて、おたふくかぜワクチンの接種率は30%前後に低迷したままです。流行の抑制に必要な集団免疫率は85〜90%ですので、現状ではまったく足りていません。幼稚園や保育園におたふくかぜがひとたび持ち込まれると、たちまち園児の間で流行するでしょう。

 日本におけるおたふくかぜワクチンの有効率は、1回接種で80〜90%と推計されています。おたふくかぜワクチンを1回定期接種しているヨーロッパの国で、おたふくかぜの患者数が90%減少し、2回定期接種している国で99%減少しています。ワクチンの有効性は明らかです。ただし、1回接種では免疫抗体が減衰する場合が少なからずあるので、2回接種が推奨されます。1回目を1歳になったらすぐに麻疹・風疹(MR)ワクチンと水痘ワクチンと同時接種し、2回目を就学前の1年間にMRワクチンと同時接種するのがよいでしょう。

 おたふくかぜワクチンの安全性はどうでしょうか。ワクチン後の耳下腺腫脹は、1歳時に接種した場合が最も低く(0.16〜0.73%)、接種時の年齢が上がるにつれて増します(1.07〜1.36%)。しかしこれは軽微な副反応です。問題となるのはワクチン後の無菌性髄膜炎です。その発症率は100万接種あたり8.3回と推計されています。1歳時の発症率が最も低く、100万接種あたり1.3回。年齢が上がるにつれて発症率が増加し、10〜19歳では100万接種あたり66.9回です。しかし自然感染の合併率3〜10%(100万人あたり3〜10万人)に比べると、3〜4桁低い数値です。自然感染とワクチンのどちらが安全かは、論を待たないと思います。とくに1歳台で接種すれば、最良の安全性を期待できます。ちなみに無菌性髄膜炎は、安静のみで軽快する予後の良い疾患であり合併症です。真に怖いのは、おたふくかぜに伴う永続性の難聴です。院長のコラム「おたふくかぜが難聴を起こす」(2006年8月)をご参照ください。

 かつて日本では、麻疹・風疹・おたふくかぜ(MMR)混合ワクチンが定期接種され、おたふくかぜの流行規模が縮小していました(1989〜93年)。しかし無菌性髄膜炎の副作用が問題視されて中止になり、以後も再開されないままです。現行のおたふくかぜワクチンの有効性と安全性を科学的に検証し、定期接種化が速やかになされることを願っています。