2015年1月15日

インフルエンザの疑問・誤解にお答えします

 今季はインフルエンザの流行入りが例年よりも1ヶ月早く、年末年始ですでに流行のピークに達しようとしています。現在の主流はA香港型です。このあとB型が出てきて流行がだらだら続くのか、それともB型の流行がなく例年より早くインフルエンザが終息するのか、まだ予断を許さない状況にあります。今回はインフルエンザに関わる疑問・誤解の数々を解く話をしましょう。

[1] ワクチンは効かない?
 A香港型に対するワクチンの効果は芳しくありません。ある年の調査では、健康な成人で40〜50%、65歳以上の高齢者で20%という低い数字でした。ただし今季の成績はわりと良く、小児において60%に有効という速報値が出ています。しかしそれでも60%です。ワクチンの効果が低迷する原因は、ワクチンの製造過程でウイルスが変異しやすいからと説明されています。
 では、ワクチンは無駄でしょうか。いえ、決してそうではありません。インフルエンザは毎年、国民の1割以上、つまり1000万人以上の人々が罹る病気です。この1000万人全員がワクチンを接種していたとしたら、600万人はインフルエンザに罹らずに済んだことになります。個人防衛としてはいささか物足りないですが、社会防衛としては非常に大きなインパクトがあります。
 ワクチンには、接種した個人を守る直接効果だけでなく、周囲の人を守る間接的な予防効果もあります。学童集団接種が行われていた1970〜80年代に比べ、中止された後の1990年代後半以降、高齢者のインフルエンザ関連死亡(肺炎など)と乳幼児のインフルエンザ脳症が急増しました。学童がインフルエンザを家庭に持ち込まないことで、抵抗力が弱く重症化しやすい高・低年齢層が守られていたわけです。学童集団接種を復活させたいところですが、残念ながら、国・厚労省にその動きはありません。高齢者や乳幼児のいるご家庭では、家族全員の接種をぜひご考慮ください。

[2] 卵アレルギーがあるとワクチンを接種できない?
 インフルエンザワクチンは製造過程で鶏卵を用いるため、製品にごく微量の卵成分が含まれています。しかし「卵アレルギーがあると一律に接種できない」ということはありません。接種を避ける方がよいのは、卵を摂取することによりアナフィラキシーの症状が出る人です。アナフィラキシーとは、呼吸困難、血圧低下、意識消失など、アレルギー反応によって起こる強い全身症状です。卵成分のオボアルブミン量が600 ng(ナノグラム)を超えると、アナフィラキシーを生じることがあります。一方、ワクチンに含まれているオボアルブミン濃度は1 ng/ml 程度です。したがって、接種量 0.25ml(オボアルブミン量0.25ng)または0.5ml(同0.5ng)では、理論上、アナフィラキシーは生じません。
 軽い症状しか示さない人、血液検査のみ陽性の人は、安全に接種できる可能性が高いと思います。ただし、予防接種において危険性ゼロということはないので、接種医と接種される人が十分に話し合って相互に理解したうえで接種することが大切です。どうしても心配な場合、接種後の最低30分間は病院内に待機して不測の事態に備えるという手立てもあります。

[3] 検査をしないとインフルエンザかどうか分からない?
 インフルエンザ簡易迅速検査(以下、検査といいます)が実用に供されたのは今から15年前。くっきりと浮かんだ赤いラインを見て、インフルエンザ診療の新しい時代が来るだろうと予感したものです。以来、検査はインフルエンザ診療のスタンダードとしてすっかり定着しました。検査でインフルエンザの診断を確定することは、治療方針の決定と病勢の予測に大いに役だっています。
 しかし、検査には欠点もあり、注意が必要です。欠点の第一は、発熱後6〜10時間を経ないと陽性に出ないことです。発熱の直後に検査をする意義は乏しいです。欠点の第二は、十分な時間を経て検査をしても、偽陰性や偽陽性がありうることです。偽陰性とは、実際はインフルエンザであるのに(たとえばウイルス培養でインフルエンザが検出されているのに)、検査で「陰性」と判定されるケースです。家族内にインフルエンザ感染者がいて、本人も明らかなインフルエンザ症状を呈しているのに、検査で陰性を示すことが時々あります。こういう場合、検査の結果よりも自分の臨床眼を信用して、治療方針を決めることにしています。偽陽性は逆のケースです。インフルエンザ症状がないのに「念のために」検査をして陽性が出た場合、必要性の低い抗インフルエンザ薬を使うかどうかで悩まなくてはいけません。不要な検査は治療方針を迷走させるだけで、結局はしない方がよかったということが多いです。
 医療の基本は十分な問診と丁寧な診察です。検査は補助手段の一つです。そして、検査の精度には限界があります。検査を上手に活用すること、検査に振り回されないこと(過信・盲信をしないこと)、以上の二点がインフルエンザの診療において医師に求められる姿勢です。

[4] タミフルは怖い薬?
 インフルエンザの治療に用いる抗インフルエンザ薬には、タミフル(経口薬)、リレンザ(吸入薬)、イナビル(吸入薬)、ラピアクタ(点滴静注薬)の4種類があります。これらはウイルス型との相性や服薬のしやすさを考慮して使い分けられています。
 抗インフルエンザ薬の草分けであるタミフルが、「異常行動を起こす薬」として数年前に騒がれたことがあります。タミフルを内服した後、高所からの転落死の事例報告が相次いだためです。しかしその後の調査の結果、タミフルだけでなく、リレンザやイナビルを吸入した後、あるいは抗インフルエンザ薬を使用していない状況でも、同様の異常行動が起こることが明らかになりました。異常行動は、抗インフルエンザ薬の副作用ではなく、インフルエンザ自体が脳内に侵入することで起こると推定されています。子どもがインフルエンザに罹ると「熱せん妄」が現れやすいことは、以前から知られていました。たとえば、誰もいない場所を指して「誰かいる」と泣き叫んだり、突然に笑い出したり、意味もなくうろうろ歩き回ったり、意味不明の言葉を口走ったり、様々な行動パターンが報告されています。こうした症状の一部が、飛び降りや転落などの重大事故につながると考えられます。
 タミフルと異常行動との因果関係は、現在では否定されています。子どもがインフルエンザに罹ったら、抗インフルエンザ薬の服用に関係なく、少なくとも最初の2〜3日間は、できるだけ目を離さず注意深く見守る必要があります。
 なお、タミフルの添付文書には「10歳以上の未成年の患者に対しては原則として使用を差し控えること」と記載されています。タミフルはやっぱり怖い薬なのかな、という不安を生じさせます。因果関係が否定されたにもかかわらず、このような記載を放置しておく姿勢。これこそが日本の厚生行政の貧困さを端的に示す例といえましょう。リレンザなどの代替薬があるので、禁止されても多くの場合、困ることはありませんが、吸入薬をうまく使えない方(重度の喘息、発達障害など)にとっては深刻な問題です。当院はこのような場合、事情をよく説明したうえでタミフルを処方しています。


 インフルエンザに対する漠然とした不安が世の中に広く蔓延しています。本稿をお読みいただくことでインフルエンザの知識と理解を深め、不安解消の一助になることができれば幸いです。