わが国の小児医療は世界の中で最高水準を誇っていますが、ワクチンで防げる病気(VPD)の排除・制圧にかぎっては大きく遅れをとっています。先進国中、最低の水準です。ワクチンの普及を妨げる最大の要因は、「ワクチン=副作用が怖い」という思い込みでしょう。病気には自然にかかる方がよいという誤解、効果への疑問、接種に要する費用の高さ、わが国で接種可能なワクチンの種類の少なさ、なども要因にあげられます。ある調査では、7割を超える保護者が「任意接種は必ずしも受けなくてよい」と答えています。
ワクチンの副反応はゼロではないので、保護者が不安を感じるのは当然です。しかし、重い病気やアレルギーを持たない生来健康な子どもに、重大な副作用が起こることは非常に稀です。その頻度は約100万人に1人と推定されています。過去にワクチンによる副作用と報道された事例の大半は、実際にはワクチンが原因とは特定されていません。ワクチンの安全性はきわめて高いと結論づけられます。
ワクチンを接種せず、病気に自然にかかるとどうなるでしょう? たとえば、おたふくかぜは軽い病気と思われがちですが、約1000人に1人が難聴を起こします。治療薬はなく、回復は望めません。思春期以降の男性では4人に1人が睾丸炎を起こし、睾丸が腫れて耐えがたい激痛に襲われます。回復した後も不妊症の心配が残ります。病気に自然にかかるということは、数百倍ほど強力なワクチンを接種することと同じです。免疫は必ずつきますが、副作用(=病気の症状)も必ず現れます。
ワクチンの効果は100%ではありません。おたふくかぜを再び例にあげると、ワクチンを接種しても20%弱の人はおたふくかぜにかかります。しかし症状は比較的軽く、重大な合併症を起こすことも稀です。また、多くの人がワクチンを受けると病気が流行せず、たとえ一部の人で免疫がつかなくても、その病気にかかることはなくなります。事実、2回の定期接種が定着している欧米では、おたふくかぜはすでに過去の病気です。接種率が30%に満たないわが国は、麻疹に続いておたふくかぜの輸出国としても非難される恐れがあります。
数多ある感染症の中で、ワクチンで防げる病気(VPD)はごくわずかです。定期接種の麻疹/風疹(MR)、ジフテリア/百日咳/破傷風(DPT)、日本脳炎、ポリオ、結核(BCG)、および任意接種の水ぼうそう、おたふくかぜ、インフルエンザ、B型肝炎など、数えるほどしかありません。それだけにVPDのワクチンはしっかり接種したいものです。
残念ながら、わが国の任意接種の費用は自己負担です。家計にとっては大きな重荷でしょう。しかし、ワクチンを接種しないでVPDにかかってしまったら? 通院に要する経済的・精神的負担は小さくありません。すんなり治ればともかく、運悪く重大な合併症を伴えば、負担はさらに増大します。費用対効果を考えると、ワクチンを接種する方が断然得です。
わが国の予防接種制度のもう一つの欠陥は、受けられるワクチンの種類が少ないことです。世界100ヶ国以上ですでに実施されているヒブ・ワクチンは、わが国でも2007年1月にやっと認可されたものの、実施までになんと1年11ヶ月を要しました(2008年12月19日から接種できます)。ヒブの他にも、肺炎球菌、ロタウイルス、ヒトパピローマウイルスなど、諸外国ではすでにVPDに位置づけられる病気が、わが国では依然として放置されたままです(註;ヒトパピローマウイルスは2009年12月、肺炎球菌は2010年2月に、それぞれ接種可能になりました)。
私共は、医師会や小児科医会を通じて、任意接種の費用の減免(あるいは定期接種化)と未認可ワクチンの早期承認を行政に働きかけています。「VPDを知って子どもを守ろうの会」のホームページも併せてご参照ください。