百日咳は、主に乳幼児の間で流行する呼吸器感染症です。1歳未満の乳児が百日咳にかかると生命に危険が及ぶため、古来よりワクチンによる制圧が進められてきました。現在、三種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風・百日咳 = DTaP)の接種率は95%を超え、百日咳にかかる乳幼児の数は激減しています。ところが、数年前から成人の間で百日咳の報告が増え始め、乳幼児への影響が懸念される事態に陥っています。昨年、四国の2大学で百日咳の流行的多発がみられたことは、皆様のご記憶にもあることと思います。
なぜ成人の百日咳が増えているのでしょうか。百日咳に対するワクチンの免疫効果は5~10年で減衰します。そのため、成人になると百日咳にかかりやすくなる人がいます。さらに「成人も百日咳にかかることがある」という認識が世の中に広まり、これまで見逃されていたケースが正しく診断されるようになりました。百日咳は決して過去の病気ではありません。
海外でも1990年代から、成人における百日咳の増加が問題になっていました。そのため、米国、カナダ、フランス、ドイツなどは、10代の青年に対する改良型・三種混合ワクチンの追加接種を数年前から実施しています。しかし日本は、百日咳を除いた二種混合ワクチン(ジフテリア・破傷風)を11~12歳時に追加接種する、従来の方式にとどまっています。百日咳ワクチンが除かれる理由は、現行のワクチン0.5mlを青年や成人に接種すると、注射部位の発赤や腫脹などの副反応が強く現れやすいことです。第二の理由は、成人が百日咳にかかっても自身の生命が脅かされる危険性はきわめて低いからです。
上記の欧米諸国では、百日咳ワクチンの副反応を減じた改良型ワクチン(Tdap)が開発され使用されています。しかし日本では今のところ、Tdapの製造も輸入も予定されていません。おそらく今後も早急な対応はなされないだろうと悲観しています。
成人の百日咳が重症化しなくても、それをうつされた乳幼児は大変です。特にワクチン未接種の子どもが百日咳にかかると、顔を真っ赤にして「コンコンコンコン」と立て続けに咳き込み(スタッカートと称します)、その後に「ヒューッ」と音をたてて息を吸い込む動作をします(ウープと称します)。激しい咳き込みのために顔はむくみ、点状出血斑が顔や上半身に現れます。無呼吸発作を起こして命を落とすケースもあります。肺炎や脳症の合併例もときに見られます。百日咳は乳幼児にとって恐ろしい病気です。昨年の米国小児感染症学会誌によりますと、乳幼児の百日咳の感染源の70%は両親や親戚など身内の成人です。成人の予防措置と発症したときの早期診断・治療は緊急の課題といえます。
成人の百日咳は、乳幼児ほど重くならず、典型的なスタッカートやウープはほとんど生じません。熱も出ません。血液検査を行っても、かかっているかどうか曖昧なケースさえあります。百日咳を疑う手がかりは、2週間以上の長引く咳に加えて、突然の激しい咳き込み、咳き込みによる嘔気・嘔吐などです。元気があるからと言って咳を長らく放置せずに、必ず医療機関を受診しましょう。特に子どもと接する機会の多い方は、ご自身の健康だけでなく子どもの健康にも留意すること、つまり「感染源にならない」配慮が強く求められます。