2006年9月1日

胎内で将来の病気が作られる

 小さく生まれる赤ちゃんが増えています。厚生労働省の発表によると、赤ちゃんの平均出生体重は1980年に3194gだったのが、1990年に3141g、2000年に3053gと年々減り続け、この2~3年では3000gを割り込みました。その背景には20~30代の女性における、行き過ぎたスリム志向とダイエットがあります。肥満がすべての年代で増加している中、痩せが唯一目立つのがこの世代で、妊娠中の体重増加も低下傾向にあります。古来から日本では「小さく産んで大きく育てる」ことが美風とされ、今まさにその通りに世の中の流れが進んでいます。しかし、この現象は本当に好ましいことでしょうか!? 実は、胎児期に低栄養状態にさらされた子どもは、将来的に生活習慣病(高血圧、心臓病、糖尿病など)にかかりやすいことが、最近の調査・研究で明らかにされています。

 約20年前に英国で行われた大規模な疫学調査で、母体の栄養が悪い状態で生まれた子どもは、成人後に心筋梗塞を発症しやすいことが見い出されました。その後に世界各地で行われた追試の調査で、心臓病にかぎらず肥満、高血圧、糖尿病なども発症しやすいことが相次いで報告されました。これらの事実から導かれた結論が「生活習慣病・胎児期発症説」です。胎児期の影響が数十年先に現れる機序は、二通りが考えられています。第一は、臓器が形成される時期に栄養が不足すると構造上の小さな欠陥を生じ、成人に達する頃に負担に耐えきれなくなることです。たとえば、低栄養下では腎臓の糸球体(尿を作ったり血圧を調整する重要な部位)が必要な数だけ作られず、これが将来の高血圧の原因になることが実証されています。第二は、胎児が「外界は飢餓状態である」と勘違いして ”エネルギーを節約する代謝系” を作動させ、それが出生後も変わらず続くことです。つまり、胎児期にエネルギーを無駄遣いせずに溜め込む(= 太りやすい)体質が獲得され、出生後の飽食によって後々の肥満や生活習慣病に直結するわけです。この機序も、エネルギーの産生と消費にかかわる遺伝子の発現レベルまで見事に解明されています。

 胎児を低栄養から守るためには、妊婦に対する適切な栄養指導が不可欠です。日本産婦人科学会は、妊婦の体重増加の目安(痩せた人は10~12kg、普通の人は7~10kg、太っている人は5~7kg)を提示しています。一律に「体重を増やすな」ではなく、個々の体型に合わせたきめ細かい調整が望まれます。さらにさかのぼれば、妊娠前から十分な栄養を摂取して健康的な体型を備えておくことが大切です。また、妊婦の喫煙あるいは受動喫煙が低栄養の原因の一つであることも明らかです。次世代の子どもたちを守るための重要かつ緊急の課題として、「生活習慣病・胎児期発症説」を皆様にお伝えしたいと思います。