子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染によって発症します。多くのがんの原因が未確定である中、子宮頸がんの原因はほぼすべてHPV感染であることが証明されています。HPV自体はありふれたウイルスですが、感染者の千分の一が子宮頸がんに進行します。HPVの中で最も危険な型は16型と18型です。悪性化するスピードが速く、高い発がん性を有します。この2種類が子宮頸がんの原因の約65%を占めます。他にも13種類(45型、31型、33型、35型、52型、58型など)が発がん性を有し、子宮頸がんの原因の残り35%を占めます。
HPVの子宮頸部への感染経路は性的接触です。性交経験のある女性の50〜80%が、発がん性を有するHPVに一度は感染するとされています。しかしHPVに感染してもほとんどは一過性で、ウイルスは自身の免疫能により排除されます。ごく一部のケースで(千分の一の確率で)、ウイルスが排除されず持続感染し、数年から十数年かけて前がん病変からがんに進みます。
子宮頸がん予防ワクチンは、がんを起こす危険度が特に高いHPV16型と18型に対する免疫を作るワクチンです。これを接種することにより、HPV16型、18型の子宮頸部への感染を完全に排除することができます。構造上16型に近い31型、18型に近い45型に対してもある程度の予防効果が認められます。子宮頸がん予防ワクチンはHPVの殻だけで出来ており、HPV自体を含んでいないため、感染力も発がん性もありません。安全度のきわめて高いワクチンです。なお、子宮頸がんワクチンには二種類があります。一つはサーバリックスで、16型、18型に対する免疫を作ります(2価ワクチン)。もう一つはガーダシルで、16型、18型に加えて性感染症の尖圭コンジローマ等を起こす6型、11型に対する免疫も作ります(4価ワクチン)。海外70ヶ国ではガーダシル9(9価ワクチン)がすでに承認され、一部の国で定期接種化されています。
初交前に子宮頸がん予防ワクチンを接種すると、子宮頸がんの発生を約70%防ぐことができます。ただし、16型と18型(一部、31型と45型)を除くHPVに対する免疫効果はありません(9価ワクチンの予防効果は90%以上で、日本での早期承認が望まれます)。また、すでに感染が成立し、前がん病変やがん化が始まっている場合、それが16型や18型であっても、がんの進行を食い止める力はワクチンにはありません。発症前の接種だけが有効です。したがって、ワクチンを接種したからもう大丈夫ということではなく、20歳以上の女性を対象に2年毎に実施される子宮頸がんの定期検診を必ず受けていただきたいと思います。
子宮頸がん予防ワクチンを「一次予防」とすると、子宮頸がん検診は「二次予防」です。ワクチンで防ぎきれない部分を検診でカバーします。ただし、検診の精度にも限界があります。検診でがん患者を正しく「陽性」と見つける感度は50〜70%です。検診だけに頼ることはできません。ワクチンと検診を組み合わせることで、子宮頸がん予防の確率を大幅に高めることができます。しかし、日本の検診受診率はわずか40%台で(特に20歳代が低く)、欧米先進国の70〜80%台に比べて大きく低迷しています。がん予防への意識改革が求められるところです。
以上述べてきた内容は、子宮頸がん予防ワクチンの光の部分です。陰の部分は、ワクチンの接種後に生じる慢性疼痛です。体中の痛みを訴えた最初のケースは、「14歳の女子中学生。2011年9月中旬に子宮頸がん予防ワクチン1回目を接種。11月中旬に2回目を左腕に接種したところ、左腕の腫脹、疼痛、しびれがあり、その他に、左肩、左足、右腕、右足にも疼痛が間欠的に生じた。夜間には肩から肩甲骨、指先まで痛みが広がり、疼痛のために歩行困難になった」と報じられました。その後も同様の報告が相次いだため(副反応の疑い例の報告は接種者の0.09%)、厚生労働省は2013年6月に積極的な接種勧奨を差し控える決定を下しました。現在に至るまで、子宮頸がん予防ワクチンは定期接種に位置づけられながらも、対象年齢(小学6年〜高校1年)に達しても自治体からの通知が各家庭に届かない状態が続いています。
疼痛・運動障害の原因について、厚生労働省の副反応検討部会は30回を超える検討を重ね、「神経疾患、中毒、自己免疫疾患は否定的。針を刺した局所の痛みや薬液による局所の腫れをきっかけとして心身の反応が現れ、いろいろな条件下でこれらの症状が慢性化したと考える(機能性身体症状といわれるもの)」と結論しました。機能性身体症状は“複合性局所疼痛症候群(CRPS)”として捉えられます。CRPSはワクチンの薬液・成分によって起こるものではなく、注射(ワクチン接種、採血、献血)や外傷(骨折、捻挫、打撲など)など、軽重さまざまな刺激がきっかけで発症します。手術、ギプス固定、帯状疱疹などの刺激もきっかけになり得ます。交感神経系の異常興奮が原因と推測されていますが、詳しい機序はまだ十分に判っていません。「心身の反応」と表現されますが、決して「気のせい」などではなく、痛みに悩む患者さんに対して適切な医療を提供すべきことは言うまでもありません。
疼痛・運動障害に関する全国的な疫学調査で、思春期の男性や子宮頸がん予防ワクチン接種歴のない思春期女性の間でも、子宮頸がん予防ワクチン接種者に見られる症状が一定数発生することが明らかになっています。名古屋市における大規模疫学調査で、子宮頸がん予防ワクチン接種後の副反応といわれる様々な症状が、子宮頸がん予防ワクチン接種によって増えていないこと、ワクチン非接種者の間でも同様にみられることが示されています。これらの調査結果から、副反応といわれる様々な症状とワクチン接種の間に直接の因果関係は見いだせず、副反応の問題は子宮頸がん予防ワクチンによる薬害ではないことが結論されます。
子宮頸がん予防ワクチンの副反応に関して、様々な情報が錯綜しています。中には科学的根拠に乏しい意見も数多く見られます。どうか、信頼できる情報源(かかりつけ医、公益目的の学術団体など)を参照し、適正な知識を習得してください。当院は、日本小児科学会、日本小児科医会、日本産婦人科学会など17の学術団体が提唱する「子宮頸がん予防ワクチンの積極的な勧奨を再開すべき」の見解に全面的に賛同し、子宮頸がん予防ワクチンの接種をお勧めしています(http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20160418_HPV.pdf)。
子宮頸がん予防ワクチンは全世界130ヶ国以上で販売され、70ヶ国以上で定期予防接種に組み込まれています。一方、日本では、子宮頸がん予防ワクチンの勧奨中止から5年以上が経過しました。この間、ワクチンを定期接種として受けられることを知らないまま、あるいは副反応の問題で接種を躊躇したまま、接種機会を逃している女子が5学年分に及んでいます。先進国の中で日本だけが、若い女性が子宮頸がんで子宮を失ったり命を落としたりする危険を将来に持ち越しています。世界保健機構(WHO)は、「若い女性たちが、本来予防可能であるHPV関連がんの危険に晒されたままになっている。不十分な証拠に基づく政策決定は真の被害をもたらす」と、日本に警告を発しています。現状を放置することで子どもたちがHPVに感染するのを見過ごすことはできません。未来ある子どもたちを守るために、ぜひ子宮頸がん予防ワクチンの接種を前向きにご検討ください。信頼するかかりつけ医が接種することで、心身の反応は最小限に抑えられると思います。