受動喫煙との関連が医学的に証明されている小児疾患として、SIDSの他に、気管支喘息、呼吸器感染症、中耳炎があげられます。両親ともに喫煙していると、その子どものSIDSのリスクは4.7倍、呼吸器疾患のリスクは約1.5倍に上昇します。呼吸器疾患はかかりやすいだけでなく、重症化・慢性化しやすくなることも知られています。ほかに子どもの受動喫煙との関連が強く疑われている疾患として、小児がん、動脈硬化、血清脂質異常、虫歯・歯周病があります。読解力や計算力の低下など、知能発達に悪影響を及ぼすとの報告もみられます。成長の途上にある子どもは、化学物質を解毒・排泄する能力が低い、細胞分裂が盛んで有害物質の影響を受けやすいなどの理由により、受動喫煙による健康被害が大人以上に深刻です。タバコの煙は子どもにとって百害あって一利なしです。
タバコの煙にはニコチン、タール、一酸化炭素など約4000種類の化学物質が含まれ、そのうちの約250種類が人体に有害で、約60種類に発がん性があります。ニコチンは神経系に強い毒性を示し、ニコチン中毒とよばれる依存症を生み出します。タールは多種類の発がん性物質(ベンゾピレン、ニトロソアミンなど)を含みます。一酸化炭素は血液中のヘモグロビンと結合することで、体内の酸素運搬を阻害します。タバコは毒の集合体です。喫煙は「緩徐な自殺」とさえいわれます。そして受動喫煙は往々にして、喫煙者よりも強い健康被害をもたらします。喫煙者が吸う煙(主流煙)よりも、タバコの先から立ち上がる煙(副流煙)の方が、フィルターを通さない分、化学物質を高い濃度で含んでいます(ニコチン2.8倍、タール3.4倍、一酸化炭素4.7倍)。タバコ1本を吸うのにかかる10分間のうち、喫煙者が主流煙を吸い込む時間はせいぜい1分ほどですが、周囲の人々は10分間ずっと副流煙を吸わされ続けています。受動喫煙に安全なレベルは存在しない、という勧告が出されています。先ほどの表現を借りれば、他人に受動喫煙させることは「緩徐な他殺」といえなくもありません。一例をあげますと、喫煙する夫の妻(非喫煙)は、喫煙しない夫の妻に比べて、肺がんのリスクが2倍に上昇します。
子どもをタバコの煙から遠ざけるにはどのようにすればいいでしょうか? 換気扇の下で喫煙しても、あまり意味はありません。煙と有害物質は室内にも拡散します。換気扇を回しながらカレーを作ってもそのにおいが漂うことで類推していただけるでしょうか。屋外で吸ったらどうか? 室内に戻れば、喫煙者の呼気から有害物質が排出されますし、衣服に有害物質が付着しています。煙を減らそうとする努力は大いに評価したいですが、残念ながら子どもの受動喫煙をなくすには至りません。空気清浄器はタバコの臭いを取り除けても、有害物質を除去する効果はなく、むしろ拡散させてしまいます。飲食店などで実施されている分煙は、同じ空間で単に席を分けているだけなら何の意味もありません。非喫煙者にも配慮していますよ、というポーズをとっているだけです。結局のところ、子どものいる場所でタバコを吸わないことが、受動喫煙を防ぐ唯一の手段です。子どもはタバコの煙に対して無防備です。自分の意思で避けることができません。子どもを受動喫煙から守ることは大人の重大な責務です。「禁煙は愛」といいます。子ども、家族、そして自分自身を大切にするために、喫煙者の親御さんはこの機会に禁煙に挑戦してみてはいかがでしょうか。
[追記] 受動喫煙と関連して、微小粒子状物質 PM2.5 について補足します。PM2.5とは、大気中に浮遊する2.5μm以下の小さな粒子のことです。非常に小さいため、肺の奥深くまで入り込みやすく、肺のみならず全身に悪影響を及ぼします。PM2.5濃度が高い地域では、呼吸器疾患・循環器疾患による死亡率が高くなります。大気中のPM2.5濃度が10μg/m3増えるとその地域の住民の死亡率が6%増えるという調査報告が米国から出されています。
大気中のPM2.5濃度について、健康を保護するための目安として、わが国の環境省は「1年間の平均値15μg/m3以下、かつ1日の平均値35μg/m3以下」と基準を定めています。外出を自粛するなど注意喚起を行う目安としては、「1日の平均値70μg/m3」と設定しています。
大気汚染が深刻化する中国・北京では、PM2.5濃度が400μg/m3を超える日もあります。驚異的な数値です。では日本は安全か? まったくそうではありません。タバコの煙には大量のPM2.5が含まれています(その中には約60種類の発がん性物質も入ります)。屋内でタバコを吸うと、PM2.5濃度はたちまち数百μg/m3レベルに達します。たとえば、完全分煙のファーストフード店(喫煙席)で300〜400μg/m3、不完全分煙の居酒屋(禁煙席)で400〜500μg/m3、不完全分煙の居酒屋(喫煙席)で600〜700μg/m3、自動車のような狭い空間で吸うと1000μg/ m3を軽く超えます。日本のPM2.5問題の最大の焦点は、大気汚染を気にする前に、毎日の大半を過ごす屋内での受動喫煙をいかに阻止するかにあります。