2018年6月22日

抗菌薬は肺炎・中耳炎を予防できない

 ほとんどの風邪に抗菌薬(抗生物質)が効かないことは、医師のみならず医学生でも知っている常識です。風邪の原因の9割はウイルス感染症であり、ウイルスに抗菌薬は効きません。それにもかかわらず、風邪に対して、とくに熱があったりすると、「念のために」と称して「セフジニル」「フロモックス」などの抗菌薬を処方する医療が今もなお横行しています。言うまでもなく、抗菌薬に解熱作用はありません。薬を飲んだことで風邪の熱が下がったように見えても、それは自身が持つ免疫反応(抵抗力)の結果です。

 抗菌薬の無意味な多用が続くと、薬の効かない耐性菌が増えてしまいます。肺炎や中耳炎などの細菌感染症が難治化している背景には、抗菌薬の多用が間違いなく存在します。他に短期的な弊害として、下痢や薬疹などの副作用があげられます。また、最近わかってきた長期的な副作用として、腸内細菌叢の撹乱とそこから派生するアレルギー疾患、膠原病、炎症性腸疾患、肥満、糖尿病が問題になっています。乳幼児に対する使用はくれぐれも慎重でなければなりません。詳細は院長のコラム「腸内細菌叢の乱れは病気を起こす」(2017年1月)をご参照ください。

 厚生労働省は昨年「抗菌薬の適正使用の手引き」を作成し、細菌感染症が疑われる症例に使用を限定すること、軽い風邪や下痢に使用を控えることを推奨しています。さらに今年4月「小児抗菌薬適正使用支援加算」の制度を新設し、乳幼児の呼吸器や消化管の感染症に抗菌薬を「適正に」使用しなかったら診療報酬を少し加算する仕組みを作りました。このような制度ができること自体、抗菌薬がいかに多用・乱用されているかを如実に示しているといえます。

 なぜ、抗菌薬は医学的常識を無視して多用・乱用されるのでしょうか。儲けるため? いえ、現在の医療制度では、薬を少々増やしても収入が増えることはありません。ここから先は筆者の独断が入ることを承知でお読みいただきたいのですが、風邪が悪化して肺炎や中耳炎に進行することが心配で、あるいは肺炎や中耳炎を見逃したと後で責められないための言い訳として、最初から抗菌薬を含む大量の風邪薬を処方しているのではないかと想像します。自信のない医師ほど、薬をあれこれ多く出す傾向にあるようです。しかし、それは適正な医療とはいえません。

 「風邪は万病の元」の言葉どおり、風邪がこじれて肺炎や中耳炎になることはありますが、最初から肺炎や中耳炎があるわけではありません。風邪とは上気道(のどや鼻)にウイルスが感染した状態です。この段階で肺や中耳に炎症は生じていません。上気道に感染したウイルスの病原性が強いとき、あるいは感染した人の免疫力が低下しているとき、ウイルスは下気道(気管、気管支、肺)や中耳に入り込んでいきます。上気道におとなしく棲みついている細菌(常在菌)が風邪に伴う粘膜損傷や体力低下に乗じて増殖を始め、下気道や中耳に入り込んでいくこともあります。こうして起こる病態が肺炎、中耳炎です。

 風邪の初期に抗菌薬を使ったからといって肺炎、中耳炎を防止できないことは医学的に証明されています。「念のために」「心配だから」という理由で抗菌薬を最初から乱発することは誤りです。最初から山のように薬を出して「はい、おしまい」は無責任すぎます。心がけるべきことは、詳細な問診と丁寧な診察、そして慎重な経過観察です。問診と診察により単なる風邪か肺炎・中耳炎かを見分けること、風邪と判断した場合「どのような状態になったら、肺炎や中耳炎を疑って再診すべきか」を保護者にわかりやすく説明した上で経過を追うこと(watchful waiting といいます)、この二点を実践することが医師の責務です。誤解のないように申し添えますと、抗菌薬の役割は非常に重要です。抗菌薬が必要とされる場面では(細菌性の肺炎や中耳炎と判断した時点で)、しっかり使わなければなりません。それを見極める眼が医師に求められる資質であろうと考えます。