2006年8月1日

おたふくかぜが難聴を起こす

「ムンプス難聴」という病気をご存知でしょうか。ムンプス(mumps)とはおたふくかぜのこと。おたふくかぜが髄膜炎や睾丸炎を起こすことはよく知られていますが、難聴については “稀な合併症” という認識しかこれまで持たれていませんでした。しかし最近になって、ムンプス難聴の合併率が予想されていた以上に高く、しかも一旦起こるとまず治らないことが判明し、その対策が重視され始めています。今回のコラムではムンプス難聴を解説し、予防接種の重要性をあらためて強調したいと思います。


ムンプス難聴の特徴は、① おたふくかぜの発症4日前から発症18日後の間に起こる、② 片側の耳がほとんど聞こえなくなる、③ 有効な治療法がなく自然治癒も難しい、の三点です。従来、おたふくかぜにかかった1.5~2万人に1人の頻度とされていましたが、最近の日本における疫学調査により、その10倍以上高率に起こるであろうことが明らかにされました(400~1000人に1人)。後天性難聴の原因として第一位です。これまで少なく見積もられていた理由は、1) 片耳だけなので気付きにくい(健診で初めて見つかるケースも多々あります)、2) おたふくかぜが不顕性感染(耳下腺が腫れずにすむ)に終わると難聴との関連が分かりにくい、3) 小児科と耳鼻科にまたがるため双方の関連に気付かれない、などがあげられます。子どもを持つ保護者と医療関係者がムンプス難聴を正しく理解することが、この病気を克服する第一歩と言えましょう。

ムンプス難聴を避ける手段は予防接種です。欧米の先進諸国はMMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)ワクチンの2回接種を徹底することで、おたふくかぜの撲滅にすでに成功しています。当然、ムンプス難聴も発生しません。しかし、日本ではワクチン接種率が30%台と低いために、年間100~200万人の子どもがおたふくかぜにかかっています。ムンプス難聴は年間に300~650人が報告されています(実数はもっと多いと見込まれます)。

日本は予防接種に関して、世界に取り残された後進国です。おたふくかぜのワクチンも任意接種(国の責任で行わない、有料)の扱いです。ワクチンの欠点は効能が必ずしも万全でないことで、接種してもおたふくかぜにかかる子どもがいます。しかし、合併症としての無菌性髄膜炎や難聴は、ワクチン接種後にかかったおたふくかぜではきわめて稀です。軽症化という意味で、ワクチンを接種する意義は十二分にあります。

保護者の方々には、① おたふくかぜに「自然にかかればよい」という認識を捨てる、② 真に怖い合併症は髄膜炎や睾丸炎よりも難聴である、③ ワクチンは完璧とは言えないまでも唯一の防衛手段である、の三点をお伝えいたします。当クリニックは、おたふくかぜの流行を阻止することに微力ながらも貢献したいと考えています。

 なお、わが国ではおたふくかぜワクチンの接種率が30%台と低く、年中どこかでおたふくかぜが流行しています。そのため、ワクチンを接種したにもかかわらず、おたふくかぜにかかることが少なくありません。免疫を早期につけ確実に長持ちさせるために、ワクチンを1歳時と就学前の2回、MRワクチンと同時に接種することをお勧めいたします。 <2012年6月26日、2回接種の必要性について追記しました>

追記 (2010年6月30日)

「おたふくかぜのワクチンって効くんですか」という質問を受けることがよくあります。有効率は70~90%です。もしもワクチン接種後におたふくかぜにかかっても、多くの場合、症状は軽くて済みますし、各種の合併症にもかかりにくくなります。合併症の頻度を下にまとめました。ワクチンの有用性がお分かりいただけると思います。

無菌性髄膜炎;3~10%(自然感染)、0.01~0.05%(ワクチン後感染)
脳炎;0.02~0.03%(自然感染)、0.0004%(ワクチン後感染)
難聴;0.1~0.25%(自然感染)、0.00002%(ワクチン後感染)
睾丸炎;25%(思春期年齢)(自然感染)、ほとんど無し(ワクチン後感染)
卵巣炎;5%(自然感染)、ほとんど無し(ワクチン後感染)
膵炎;4%(自然感染)、ほとんど無し(ワクチン後感染)