2017年5月7日

抗菌薬の適正使用をあらためて考える

 古い保存ファイルを整理していたら、読売新聞・電子版に掲載されていた数年前の記事を見つけました。内容をほぼそのまま引用します。皆様はどうお考えになりますか?

 風邪で抗生物質を飲ませると早く治る?  〜 悩める母より 〜 
 近所の小児科は、風邪で受診すると必ず抗生物質を処方します。家から近いし、先生も話しやすいし親身で丁寧だし、抗生物質の処方以外、あまり不満はありません。割と人気がある小児科です。でも、喉がちょっと赤いねぇと言っては抗生物質。咳が出るねぇと言っては抗生物質。ウイルス性の風邪に抗生物質は効かないんですよねぇ?と聞いたら、「そうなんですけど、抗生物質を飲んだ方が早く治るんですよ、なぜか」と驚きの発言をされてしまいました。
 子供は今年から幼稚園に通い出し、もともとそんなに丈夫でないのも手伝って、月2回以上風邪を引くことがあります。そのたびに抗生物質じゃあ耐性菌が出来てしまうのではないかと心配で、またずっと米国で子育てしてきたせいもあって(米国では中耳炎など細菌性のものにしか処方しない)、もらった抗生物質は飲ませていません。セカンドオピニオンをと思って別の小児科へも行きましたが、同じく抗生物質を処方されました。
 この件についての有識者の方、同じく悩んでいる方のご意見を聞きたいです。風邪で抗生物質を飲ませた方が早く治りますか? 

 結論を申しますと、抗菌薬(≒ 抗生物質)の乱用に疑問をいだくお母さんが正しく、風邪に抗菌薬を使うと早く治ると言い張る小児科医が間違っています。本当に医学教育を受けたの!?と疑ってしまうほどの大きな間違いです。風邪の原因の約9割は、抗菌薬が効かないウイルス感染です。ウイルスは生体の持つ免疫系の働きによって排除されます。抗菌薬を服用したから治ったように見えても、実は自力で治っているのですね。抗菌薬のおかげと騙されてはいけません。抗菌薬が効く細菌感染は、風邪の約1割です。細菌に対しても生体の免疫系は働きますが、時として抗菌薬の助けを必要とします。ここは抗菌薬を使うべき場面!と医師に判断されたら、途中で服薬を止めたり、服薬回数を減らしたり(たとえば一日三回を二回にするなど)せずに、しっかり飲みきりましょう。当院では、抗菌薬の投与日数は3〜5日間です。終了時に再診察して、抗菌薬の効果と病状の改善を確認します。改善が不十分ならば抗菌薬の投与期間を延長しますが、最初から長期処方を出しっぱなしにすることはしません。どの風邪が抗菌薬を必要とするか(あるいはしないか)を見極める眼力は、医師にとって必要不可欠です。上述の小児科医のように「風邪をひいたらとにかく抗菌薬」では自動販売機と同じです。そのような乱用が、抗菌薬の効かない薬剤耐性菌を生み出し、子どもたちの健康を損なうことにつながります。 

 厚生労働省は近年、「薬剤耐性(AMR)対策 アクションプラン」を策定し、その一環として、抗菌薬の適正使用を現場に呼びかけています。薬剤耐性菌に起因する死亡者数が70万人以上にのぼることが2013年の統計で示されました。このまま何も対策を取らず、耐性菌が現在のペースで増加した場合、2050年には1000万人の死亡が想定されています。細菌感染症の治療がいっそう難しくなり、流行や重症化のリスクが高まるためです。われわれは次世代のために、使える抗菌薬を残しておかなければなりません。さいわい、わが国の抗菌薬の使用量は過去10年間で2〜4%減っています。これに甘んじることなく、抗菌薬の適正使用、すなわち、「使うべき時はしっかり使い、使わなくてもいい時は使わない」という基本を今後も引き続き遵守したいものです。