2014年10月22日

かぜ診療は子育て支援  〜 かぜ診療を再考する 〜

 暑い夏が去り、空気が冷たく乾燥してくると、“かぜ” の季節が始まります。かぜとは、鼻からのど(咽頭、喉頭)までの上気道に病原体が付着することで起こる急性炎症です。かぜを起こす病原体は200種類以上あり、その9割をウイルスが占めます。秋になるとライノウイルス、パラインフルエンザウイルス、RSウイルス、年が明けるとインフルエンザウイルス、メタニューモウイルス、春になると再びライノウイルス、パラインフルエンザウイルス、夏にはアデノウイルス、エンテロウイルスなどがそれぞれ流行します。まるで季節の風物詩のように順繰りに必ずやって来ます。残りの1割は細菌(マイコプラズマ、クラミジア、溶連菌など)です。マイコプラズマは主に秋から冬にかけて流行します。溶連菌の流行は通年性ですが、夏は少なくなります。

 細菌もウイルスも目に見えない微生物ですが、両者には大きな隔たりがあります。細菌は細胞を持ち、自己複製できます。ウイルスは細胞を持たないため自己複製できず、他の細胞に寄生してその細胞に自身の複製を作らせます。細胞を持つか持たないかの違いは、抗菌薬(抗生物質)が効くか効かないかの違いに直結します。抗菌薬は、細胞壁を壊したり細胞の働きを抑えたりすることで、細菌を抑え込みます。細胞を持たないウイルスには作用しません。かぜの大半に抗菌薬が効かない理由はここにあります。抗菌薬の使用法については、後にまた述べます。

 かぜに罹る回数は、年齢によって異なります。成人は年2〜3回です。免疫が未成熟の子どもは年5〜6回です。保育所に通う乳幼児は、病原体に遭遇する機会が多いため、年10回以上罹ることも珍しくありません。かぜに罹ると、その病原体に対する免疫抗体を獲得し、身体に抵抗力が備わります。しかし、病原体の種類が多すぎるため(たとえば、かぜの1/3〜1/2を占めるライノウイルスには100種類以上の型が存在します)、すべての免疫抗体を取り揃えて無敵の身体になることは無理です。従って、かぜの予防には手洗い・うがい、咳エチケット、バランスのとれた栄養、疲労を溜めない生活など、昔から実践されてきた方法を今後も続けていくしかないと考えます。

 子どもがかぜに罹ると、鼻水と咳がなかなか止まらないことがあります。2〜3週間続く場合も少なくありません。これは子どもの上気道の構造の特性によります。子ども(とくに乳幼児)の鼻腔と副鼻腔は交通性がよく、ほぼ一体化しています。病原体は容易に副鼻腔に到達し、そこで炎症を起こします。副鼻腔に溜まった分泌物が前に流れると鼻水、後ろに流れ込むとのどの刺激による咳を生じます。子どもの長引くかぜは鼻・副鼻腔炎と同義です。鼻・副鼻腔炎は2〜3週間続きますが、ほとんどはウイルス性で、やがて自然に軽快します。問題となるのは、抗菌薬を必要とする細菌性の鼻・副鼻腔炎の診断です。その基準は、濁った鼻水と湿った咳が10日以上続く場合、発症後の経過中に39℃以上の高熱(1〜3日間)や病状の悪化が現れる場合です。いずれもウイルス感染で傷んだ鼻・副鼻腔の粘膜に細菌が二次感染して起こる症状です。残念ながら、抗菌薬をかぜの初期から使用しても細菌の二次感染を防止できないことが判っています。鼻・副鼻腔炎に限らず中耳炎や肺炎についても状況は同じで、抗菌薬に予防的な効果は期待できません。

 抗菌薬は細菌感染を疑うタイミングで使用すべきです。しかし現実には「のどが少し赤い」「鼻水が黄色い」「鼓膜が少し赤い」「熱が心配」などの不適切な理由で、さらに「とりあえず」「念のために」というお粗末な言い訳で、かぜの初期から安易に用いられる傾向にあります。先述のとおり、かぜの9割は抗菌薬の効かないウイルス感染です。残り1割の細菌感染を見分けること、ウイルス感染が長引いている最中の細菌の二次感染を見逃さないこと、以上の二点が医師に求められる仕事です。「抗菌薬を飲んだ、治った、だから効いた」という三段論法は正しそうに見えますが、実は大きな落とし穴があります。そのうちの9割は抗菌薬を飲まなくても治ったはずです。ウイルス感染に対する抗菌薬の乱用は、かぜの改善を得られないばかりか、下痢など副作用の危険性、細菌の薬剤耐性化の促進、さらに常在(正常)細菌叢を撹乱して病原菌の保菌率を上げる弊害をもたらします。日本は抗菌薬の乱用と過剰使用の結果、世界有数の耐性菌天国と揶揄されるまでに至りました。薬剤耐性菌の蔓延は、細菌性の中耳炎・副鼻腔炎・肺炎・髄膜炎の難治化をもたらし、深刻な問題になっています。抗菌薬は細菌と闘うための大切な武器であり、その適正使用はすべての医師に課せられる責務です

 かぜに対して抗菌薬が乱用されてきた背景の一つに、髄膜炎などの重症細菌感染症(初期症状はかぜに類似します)への恐怖心があると思われます。しかし、抗菌薬をかぜの初期から使用しても、髄膜炎を予防する効果はほとんど期待できません。むしろ髄膜炎の診断を遅らせて経過を悪くします。抗菌薬を最初から一律に用いるのではなく、”慎重な経過観察” と “適時の投薬” がかぜ治療の大原則です。前者を英語でwatchful waitingといいます。「よく観察しながら待機せよ」という意味ですね。医師は丁寧な問診と診察で重症疾患を見つけ出すこと、保護者は子どもの病状の把握に努めること(元気や食欲があるか、穏やかな表情か、顔色はよいか、笑顔はあるか、遊べるか)が、それぞれに求められる役割です。私共はクリニック全体で、病児の観察のポイントと家庭でのケアの仕方を説明し、保護者の不安を取り除くことに努めています。

 子どもにとっての大きな朗報は、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンが髄膜炎の予防に著しい効果をあげていることです。ヒブ髄膜炎は、ヒブワクチンの導入により、98%減少しました。撲滅まであと一歩です。肺炎球菌髄膜炎は、7価肺炎球菌ワクチンの導入により、61%まで減少しました。以後やや頭打ちでしたが、昨秋の13価肺炎球菌への切り替えにより、減少が再加速すると見込まれます。米国ではすでに90%の減少がみられています。肺炎球菌ワクチンは、肺炎や中耳炎の予防にも効果があります。今のワクチン新時代に、発熱児に対する一律の抗菌薬投与はもはや過去の遺物であり、慎重な経過観察と必要時の投薬が最も安全で適正な治療といえます。

 抗菌薬だけでなく、感冒薬(かぜ薬)の不適正な使用法についても考えてみましょう。かぜに罹ると鼻水・鼻づまりや咳・痰が現れます。不快な症状を早く止めたいという保護者の気持ちはよく理解できます。しかし、これらの症状は身体とって本当に有害でしょうか。実はいずれもが、気道内に侵入した病原体を捕らえて押し戻して洗い流す働きをしています。強力な咳止めや鼻水止め薬を用いて症状を無理に抑え込むと、病原体を排除するための生体防御反応を邪魔することになり、かぜがむしろ長引いたり悪化したりします。多種類の感冒薬を山盛りに処方する医療が優れているということは決してありません。強い症状を和らげて身体が楽になる対策を講じるだけで、感冒薬の役割としては十分といえます。熟練した医師ほど、処方はシンプルになると思います。諸外国において、たとえば米国小児科学会(AAP)は、咳止め薬の一部について有効性の根拠がないことと副作用の報告があることを保護者に伝える必要があると結論づけました。米国疾病管理センター(CDC)は、重大な副作用への懸念から、2歳未満の乳幼児に市販の咳止め薬や感冒薬を使用すべきでないと勧告しています。わが国においても、感冒薬の過剰投与が抑止され適正使用が勧奨される日が遠からず来るだろうと確信しています。

 かぜは本来、自然に治る病気です。しかし保護者にとって、「かぜ症状はいつまで続くのか」「重い合併症を起こさないだろうか」という不安は常につきまといます。医師に望まれる最良のかぜ診療は、山盛りの薬を処方して後は知らんということではなく、「現時点での診断は何か」「どのような薬を用いて治療するか」「どのような経過が予想されるか」「家庭でのケアをどのようにすればよいか」「どうなったら再受診が必要か」を個々の子どもの病状に合わせて具体的に説明し、保護者に安全と安心を提供することです。保護者にとって、かぜの対処法を学ぶ機会にもなります。かぜ診療は子育て支援の一環といえましょう。