2006年7月3日

禁煙のすすめ

 狭い部屋でタバコを5本吸うと、周囲の人も1本吸わされる計算になります。この「受動喫煙」に関する医学的データが集まるにつれて、子どもへの健康被害が予想されていた以上に深刻なことが分かってきました。何も知らずに強制的にタバコを吸わされる子どもに代わり、子どもの健康を守るために声を上げるのが小児科医の役割です。喫煙者の方々にとっては耳の痛い話ですが、余計なお節介!と言わずに最後までご一読ください。

 タバコの煙には一酸化炭素、ニコチン、シアン化水素、タールをはじめ、4000種類以上の化学物質が含まれています。そのうちの200種類以上が人体に有害で、約60種類に発がん性があります。最も毒性の強い煙は点火部分から漂う副流煙で、フィルター側から吸われる主流煙の5~50倍量の有害物質が出てきます。副流煙と喫煙者の吐き出す煙(吐煙)を自分の意思に関係なく吸わされるのが受動喫煙です。

 子どもにとって生まれて初めて出会う被害は乳幼児突然死症候群(SIDS)です。わが国では毎年400~500人の子どもが犠牲になっています。親の喫煙、うつぶせ寝、人工栄養がSIDSの危険因子で、とりわけ喫煙の影響は強大です。SIDSのリスクは、妊婦の喫煙で7.01倍、妊婦の受動喫煙で3.41倍、出生後の子どもの受動喫煙で2.44~10.43倍(喫煙者数が多いほど数値が高くなる)に増加します。両親の喫煙をなくせばSIDSの60%は防ぐことができます。つまり240~300人の子どもは故なく死なずに済むわけです。

 次に受ける被害は呼吸器疾患です。タバコの煙には気道粘膜を傷つける成分が含まれているため、受動喫煙を続けている子どもは喘息・気管支炎・肺炎・中耳炎・副鼻腔炎にかかることが多く、かかった後は長期化・重症化しやすくなります。たとえば、喘息の発症率は親の喫煙によって2~5倍増加し、中耳炎の発症率は1.5~2倍増加します。いったん発症した喘息は、3~4倍治りにくくなります。欧米では、長引く咳や反復する中耳炎にかかった子どもを診療する際、両親の喫煙状況を尋ねることが常識になっています。喫煙者の方々には、喫煙が子どもの通院や入院する機会を倍増していること、禁煙すればこれが半減することを知っていただきたいと思います。

 成長や発達への悪影響もあります。受動喫煙にさらされる子どもは、身長の伸びが0.2~1.6cm低く、知能指数が4~6ポイント低いとする報告があります。将来、問題行動や情緒障害を起こす率も高くなります。小児がん(白血病、悪性リンパ腫、脳腫瘍など)の発生リスクが14%増えるという報告があります。1~2歳の子どもにしばしば見られる誤飲事故の原因はタバコが常に第1位です。以上、どのデータを取っても、親の喫煙によって子どもがいかに辛い思いをしているかをご理解いただけると思います。

 子どもの受動喫煙を防ぐ唯一の方法は、家庭内での喫煙を完全にやめることです。子どものいない部屋で吸う、台所の換気扇の下で吸う、あるいはベランダに出て吸う、などの気づかいは素晴らしいことですが、残念ながらどれも受動喫煙を防ぐことはできません。これらの対策を講じても、子どもの尿から通常の2~10倍量のニコチンが検出されます。タバコの煙や微粒子が、空気中に長く漂っていたり、遠くまで拡散したり、喫煙者の衣服や頭髪についていたり、吐く息に含まれているためです。タバコ1本でドラム缶500本分の空気が汚染されることから、少々の防煙対策では足りないことをご想像いただけると思います。高価な空気清浄機に至っては、単に悪臭を少し弱めるだけに過ぎず、タバコの有害成分の除去にはまったく効いていません。

 禁煙を推奨する理由は、子どもの受動喫煙防止のほかにも二つあります。その一つは親自身の健康の問題です。喫煙する男性の2割近くが35歳から60歳までに肺がんや心筋梗塞などの喫煙関連疾患で死亡します。しかも、喫煙を始めた年齢が低いほど若年死する傾向があります。「タバコ遺児」という造語があるくらいで、親は子どもの養育責任を果たすまでは元気でいなければなりません。二つめは、親が喫煙者であると子どもも喫煙者になりやすいことです。子どもにとってタバコへの心理的な抵抗が少ないこと、親のタバコをちょいと失敬して最初の1本を吸ってしまう機会があること、などが原因です。子どもは大人に比べて短期間でニコチン依存症になりやすく、大人で5~10年かかるところが子どもでは数週間~数ヶ月でタバコをやめられなくなります。喫煙という最悪のライフスタイルを次世代に継承させないためには、自らがタバコと縁を切るのが最善の策です。

 喫煙を簡単にやめられないのは意志が弱いからではなく、脳神経がニコチン依存症という状態に冒されているためです。タバコを無理なくやめるには、ニコチンパッチの使用をお勧めします。ニコチンパッチを身体に貼ると、一定濃度のニコチンが体内に入って禁断症状を和らげます。徐々に低濃度のニコチンで満足するようになり、やがてタバコを完全にやめることができます。一部の医療機関では禁煙支援の保険診療を行っています(当クリニックは未登録です)。さらに大切なことは禁煙を支える人たちの存在です。家族の皆、とくに子どもは親御さんが禁煙することを心から喜んでくれるでしょう。禁煙マラソンという、禁煙を頑張って続けている仲間どうしの支え合いの場もあります。パソコンか携帯電話でホームページ http://kinen-marathon.jp/ にアクセスしてみてください。禁煙は家族に捧げる大きな愛情です。この機会にタバコをやめることを真剣に考えてみませんか。

追記(2010年12月6日)
さる11月27日、世界保健機構(WHO)は、受動喫煙による死亡者が世界全体で毎年60万人に達することを発表しました。そのうちの16万5千人を5歳未満の子どもが占めています。喫煙が原因で死亡する人は年間510万人であり、受動喫煙と合わせると毎年570万人がタバコのために命を落としていることになります。

追記(2012年3月18日)
タバコを “発がん性” で放射線量に換算すると、1日1箱の喫煙者は年間6400 mSv(ミリシーベルト)の被爆、受動喫煙者は年間100 mSvの被爆と同等です。