2010年3月14日

麻疹の根絶は間近い

 厚生労働省は3月10日、昨年1年間の麻疹患者数が741人だったと発表しました。麻疹による死亡者は1人もいませんでした。わが国の歴史上、年間の患者数が1000人を下回った記録はなく、死亡者が1人もいなかったことと合わせて、まさしく史上初の快挙でした。ほんの10年ほど前に、年間20~30万人が罹患し、100人以上が死亡していたことを考えると、驚くべき進歩です。当クリニックにおいても、22ヶ月間連続して、麻疹にかかった子どもを診ていません。麻疹の根絶の日がいよいよ近づいて来たことを実感します。 

 麻疹はただの風邪とは違います。医学の進歩した現代でも、約1000人に1人が死亡する重い病気です。私の経験を申しますと、医師研修の開始後に亜急性硬化性全脳炎(SSPE)にかかって亡くなった子を担当し、大きなショックを受けました。SSPEは麻疹が治ったのち数年たってから発病し、神経症状が徐々に進行してやがて死に至る難病です。約10万人に1~2人の割合で起こります。いまだ有効な予防法も治療法も存在しません。その後も、麻疹に合併する急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や急性脳炎により、幼い生命を失ったり重い後遺症に苦しんだりする子どもたちを診てきました。麻疹の怖さは十分に認識しています。

 麻疹患者数が昨今著しく減少した理由は、大多数の方々が予防接種をきちんと受けていることにあります。今から10年前、わが国の麻疹ワクチンの接種率は80%台にとどまっていました。この数値では麻疹の流行を止めることができません。その後、関係者の努力により接種率は向上しつつあります。ワクチン接種率が95%を超えると、その病気の発生はほぼゼロに抑えられます。麻疹の発生が人口100万人当たり1人を下回ると、麻疹がその国から排除されたことになります。現在の全国平均は5.8人です(秋田、高知、熊本、石川の4県は1人未満を達成しました)。麻疹の根絶までもう一歩です。ちなみに、ヨーロッパ諸国、南北アメリカ諸国、それに隣の韓国などでは、すでに麻疹が排除されています。わが国は「麻疹の輸出国」と諸外国から非難されていますが、ようやく汚名返上のチャンスが訪れました。

 麻疹ワクチンは、一回の接種では十分に効かない場合があります。二回接種すれば、ほぼ完璧な効果を期待できます。わが国では世界に遅れること約10年、さる2006年にようやく二回接種が開始されました。1歳児と5~6歳児(年長組)が公費接種の対象ですが、2013年3月までの時限措置として中学1年生と高校3年生も公費接種の対象です。今年度は新型インフルエンザの影響もあって、接種率がかなり低迷しています。接種をまだ済ませていない対象年齢の方々は、あと半月のうちに必ず接種を受けてください。

 予防接種には二つの目的があります。個人防衛と社会防衛です。麻疹患者の約40%は1歳未満児です。この事実が何を意味するか、お分かりでしょうか。麻疹にかかった人は、自分が苦しむだけでなく、麻疹を周囲にまき散らしています。麻疹の感染力は強大です。インフルエンザの比ではありません。その被害者の約半数が、予防接種の機会をまだ与えられていない、弱者たる1歳未満児というのは、何ともやりきれません。麻疹ワクチンを接種する目的は、自分自身を麻疹から守るだけでなく、他人に麻疹をうつさない(他人をも守る)ことです。この機会にぜひ、他人と社会への思いやりを再確認していただければと思います。