2007年9月3日

子どもの薬の話(再び)

 前々回のコラム「細菌の逆襲」で、抗生物質を必要としない(あるいは効かない)場面にまで薬が安易に使われている実情と、その結果として耐性菌が猛烈な勢いで増えている危機的状況をお伝えしました。わが国の小児医療の一部において、抗生物質のほかにも薬の使い過ぎがしばしば目につきます。いくつかの実例を紹介して問題点を探ってみましょう。


 ある日、嘔吐と下痢を起こした子どもが来院しました。お腹をさわり聴診器を当てた上で通常の胃腸炎(おなかの風邪)と判断し、整腸剤と鎮吐剤を処方しました。お母さんは心配そうな表情で、「兄や姉が嘔吐したとき、他の医院では必ず点滴を入れてくれます。この子には点滴を入れなくても大丈夫ですか。脱水の心配はありませんか。抗生物質は要らないのですか」と質問されます。「脱水の徴候はないし、口から水分を少しずつ摂れているので、今のところ点滴の必要はありません。抗生物質はこの風邪には効きません」と答え、家庭での水分・食事の与え方と脱水症状の見分け方について詳しく説明しました。3日後にすっかり元気になったわが子を抱いて、お母さんは「点滴を入れなくても治るんですね」とにっこり笑顔を見せて下さいました。脱水がまだ軽度で水分を摂れていれば、わざわざ痛みをこらえてまで点滴をしなくても大丈夫。嘔吐=脱水=点滴と短絡的にとらえずに、点滴が本当に必要な状態かどうかを見きわめる技量が医師に求められます。抗生物質に至っては、通常のウイルス性胃腸炎には全く無益。下痢をかえって悪化させるだけで、「念のために」飲まされる子どもにとっては迷惑な話です。

 別の日、咳と鼻水が出ている子どもが来院しました。背中に小さなテープが貼られています。「これはどうしました?」と尋ねると、お母さんは「友達にもらった”咳止めシール”です。いつもはこれを貼るとすぐに咳が止まるんでけど …」とのお答え。咳止めシールの正式名はホクナリン・テープまたはセキナリン・テープ。喘息または気管支炎の治療に用いられます。通常の風邪の咳には効きません。効果が現れるまでに約4時間かかるため、貼り付けた直後には効きません。薬が効いたような錯覚を生じたのは、咳き込んだ拍子に気道を詰まらせていた痰が飛び出たためでしょう。「この薬は自己判断で貼らないでくださいね。下手に使うと心臓がドキドキしますよ」と説明したところ、お母さんは「薬の性質を初めて知りました。風邪には役に立たないんですね」と納得して下さいました。

 子どもの身体に生来備わっている防御機構や治癒機転が、薬や点滴の効果と勘違いされる例は、ほかにも数多くあります。抗生物質を飲んで熱が下がったように見えても、実は子ども自身の免疫反応で治った例(風邪の約8割は抗生物質が効かないし無くても治ります)。アレルギーの薬を飲んで咳が止まったように見えても、実はアレルギーではなく長引いていた風邪が自然に治った例(アレルギー疾患は過剰診断されがちです)。ほかにも、咳も鼻水も出ていないのに咳止め・鼻水止め。何の説明もないままにテオドールなどの喘息薬、あるいは経口ステロイド薬。子どもに使用が制限されているはずのいくつかの薬 …。わが国の小児医療では、薬が不適切に過剰使用される場面が多いと感じます。薬は病気を退治するための大切な武器であり、必要なときには強い薬も弱い薬もしっかり使わなければなりません。しかし一方で、薬は使い方を誤ると毒にもなります。「小児科医が処方する薬は、外科医が振るうメスに匹敵する」ことをたえず意識し、本当に必要な薬を選んで子どもに与えることを心がけたいと思います。病気に対する保護者の不安を取り除くために、薬をただバラまくのではなく、丁寧な診察と説明、その上に適切な投薬を行うことで、不安の解消と病気の治療につなげたいと考えています。皆様のご理解とご賛同をいただければ幸いです。

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